晴天の霹靂

びっくりしました

今あれを飲んだの。あんまり綺麗だったから。


さすがの北海道もずいぶん暑いなあと思っていたら土用入りしており、今年も巷がうなぎまみれである。

焼き冷ましでもこんなにするのかな、くらいの高級蒲焼きに伍して立派にも場所を占めている穴子は四半分くらいの値段。

やけにおいしそうに見えたので穴子の蒲焼きとトルコキキョウを買って帰って暑気払いとする。

 

こう気温が上がると切花は一週間ともたず、なんだか家に連れてきたのも悪いような気がして考え込んでしまう。

用心してもあっと言う間に水が悪くなるので、朝晩水を変え、ぬるぬるしてきてるところがあれば切り落とし、ぬれた葉があれば取り除き、しおれた花があれば摘み。

切花初心者としては、ただにゃあを言わぬだけで猫一匹分くらいの手間は十分かかることに、驚いているところだ。

 

「つまり、水がいたまないようにすればいいのであるな」

と思いついて、花を活けてあるグラスに氷を入れてみると、ゆっくり溶けながら汗をかいていく様子がことさら涼し気で、大変に美しい。

花を活けてあるガラスは、ケーキ屋さんのフルーツゼリーが入っていたのを惜しくて取っておいたものである。

色鮮やかなものがちょうど映えるように工夫された形状でもあるのだろう、じっと見ているとうっかり中の水を飲んでしまいそうな誘惑にかられる。

 

漱石の『それから』の中に、これから恋仲になるのかな、でもな、くらい微妙な関係の人妻が独身貴族の主人公の家にやってきて鈴蘭を活けてある鉢の水を飲んでしまうというシーンがある。

 

暑い中を来たので水を欲しがるのだけど、たまたまお手伝いさんがお使いで出ており、不器用な主人は水の一杯も満足に出せずにモタモタするのだ。

どうにかこうにか水をコップ一杯もって台所から座敷に戻ってみると薄幸の人妻は「あのお水を飲んだからもういいんです」と鈴蘭を指さす。

 

怖い。

夏場にバクテリアの繁殖している可能性の高い水、ということを差っ引いたって、鈴蘭の水なんか飲んだら、猫ならすぐ死んでる。

猫でなくても、今だって山菜の季節に間違えて鈴蘭を食べて人が亡くなったというニュースを毎年見かけるほどの猛毒のものを、知っててやるんだかなんだか判然としないところがまた怖い。

漱石の筆から出てくる女性の愛の迫り方は、だいたいいつでもほとんどホラーに近いくらい怖い。

 

「……まあ、でも確かに美味しそうには見えるかな」

薄幸と色気とわりなきパッションに欠けた私は、きっかり半分だけ納得する。

 

穴子はグリルで温めたらすっかり皮がめくれた。

こちらは毒ではないが幻惑も足りない。

 

 

 

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夏土用眠れる花に氷水



 

 

それから

それから