晴天の霹靂

びっくりしました

冬の朝食 きなこオートミール

オートミールが好きなので、昨今にわかに流行になって色々と食べ方のアレンジのレシピが出回っている様子を見るのが、なかなかおもしろい。

「米化」したり「パン」にしたり「餅」にしたり、日本人の穀物に対するひとかたならぬ愛情と、何が何でも自分の得意の土俵に持ち込みたい熱意が垣間見えるようで、こういう無限のアイディア合戦を見てるのは本当に楽しい。

工夫ってすごいな。そして穀物はうまいのだ。

とはいえ、自分は何の工夫もせずに塩入れて水入れてレンチンして食べるのが一番好きで、他の何かをためそうという気にはあまりならない。

 

したがって、最初は出来心である。

寒くなってきたので、最近きなこミルクを飲むのがお気に入りなのだ。

寒い外から帰ってきてすぐあたたまるものがほしいとき、牛乳にきなこ大さじ1くらいを入れてレンジで温めてパルスイートをスプーン1くらい入れて底からよくかき混ぜる。

しっかり胃のあたりが温まるとろみが美味しく、これのおかげで

「きなこって直で液体に入れてもダマにならないのか」

ということを新たに発見した。

ちょっとずつ牛乳で練って行かなければ粉が残るとばかり思っていたが、別にそんなことはなかったのだ。

 

ということは。

「ということはこれはオートミールに入れても、朝から色々手軽にいい調子なのではないか?」

いつもどおりスープカップオートミール30グラム、塩ひとつつまみに、きなこを大さじ1入れ、200ccほどの水を入れてレンチン。

もともとのオートミールの水溶性食物繊維と相まって、もったりしたポタージュみたいな、冷めにくくて腹持ちもよい冬の朝食になった。

ふっふっふっ、あれほど巷にあふれるオートミールアイディアレシピの中でもまだ見かけたことのない新たなる鉱脈を、私が発見してしまった予感。

……などとほくそ笑むが、実のところ一人の人間が思いつくようなことは、もう百人くらいがすでに思いついてるものである。

 

わたしが第一発見者だと思い込みたい、きなこオートミール

ハクキンカイロ愛 ~ネックストラップをつけてこそ神

ハクキンカイロを買いました。

初めて使うので、とりあえず値段の安いミニにしてみた。

ミニだと最大持続時間が18時間、スタンダードで24時間。

数百円から千円くらいの値段の差でミニのほうが安く、交換用の火口はスタンダードでもミニでも互換性あり。

室内で使うのがメインであればミニで事足りそうでした。

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3000円前後と、やや良いお値段はするものの、何から何までキャーかわいい。

 

ベンジンは「ハクキンカイロ指定」を使ってください、と書いてあるけれど、どうやらそんなにあちこちで売っていない模様。

最寄りのドラッグストアのカイロ売り場の隅っこに「カイロにも使えます」と書いたベンジンが置いてあったのでそれを買ってきました。459円プラス税。

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内綿にベンジンを注入して火口を閉め、一瞬火であぶって反応を促すと、気化したベンジンがプラチナの触媒作用で炭酸ガスと水に分解されて酸化熱を発生します、と。ふむ。

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しばらくすると本体は「アチっ」となるくらいの温度になるので付属のフリースケースに入れて大事に抱きしめます。

 

机に向かっていてパソコン操作の合間に手の平を温めたいというときはこれで十分ですが、せっかく長時間発熱しているのに手を温めるだけではもったいない。

直接肌にあたっても冷たくなくて、軽くて、自分にちょうど良さそうな長さの紐を突如編みはじめることになりました(久々の編み物で楽しい)。

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手芸屋さんでキーホルダーパーツを買ってきて、フリースケースの紐にとりつけ。

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胃のあたりを温めたかったので長めに編んだらおよそ85センチ、

「株式会社HKKIN」の社員証みたいになりました。

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服の下に入れるのであればウエストのところでどうせ止まるので少々長くても邪魔にならないし、

服の上に出すのであれば素浪人の煙管入れみたいにウエストに挟んでしまえばまたぽかぽかして気持ちがいいので、長さは適当で問題ないようです。

いずれにしろ、手に持つだけでなく、なにかしらの身につけるためのアイテムあってこそ真価を発揮できるカイロらしい。

 

ちなみに首の下あたりのツボ「大椎」を温める構造で特許をとっている、というマフラー型カイロポケットも、どうやら快適なようです。

しかしむやみに値段が高いので、ネックウォーマーにポケットをつけて背中側を温めるタイプも試作品を作ってみましたが、室内で着用するにはちょっとかさばるような気もします。

暖かさと同時に身軽さを重視するときはネックストラップが便利です。

 

どう使うと有意義かを考えるのも含めて道具としての面白さに溢れていて大満足。

買ったばかりですが、朝から晩まで激しく愛用しているのでありました。

たまに自分から灯油ストーブみたいな匂いがするのも、なかなかノスタルジックでいいもんです。

 

 

 

こういう感じにコードストッパーをつけて長さ調整可能にし、ぐるっと背中側に回せば首の下の「大椎」を温めることもできるよなあ、などということを考えてもおります。

 

今週のお題「あったか~い」

「ネコさんネズミさん」しようよ!

我が家のごきげんな猫がしつこい時というのは、だいたいひとつことを言ってきている。

「『ネコさんネズミさん』しようよー」

である。

猫と『ネコさんネズミさん』をするんだから、私が「ネズミさん」になりそうなものだが、どういうわけか大変倒錯的なことに必ずや私が「ネコさん」なのだ。

そもそも、部屋のすみまで追い詰めたら、次は追い詰められた人がネコさん役になるとか、ゲームのルールというのはそうあるべきではあるまいか?

しかし我が家の猫は、何度追い詰めても人間には入っていけない机の下などに逃げ込んで満足げに身を低くしているのみだ。

 

「はい、じゃあ次私ネズミさーん!」

と隣の部屋まで行ってドアの影に隠れても、ただ静寂が広がるだけで誰も追いかけてなど来ない。

仕方ないからそーっとそーっと、覗きにゆけば、まだ机の下から瞳孔の開ききった目をランランと輝かせ、期待を込めてこちらを見ている。

「ねえ、ルールが全然わかんないし、面白くないんだけど?」

これでは長く遊べないと思った飼い主は、かなり謙虚にルールの説明及び改定を求めにいく。

しかし、興奮しきって薄暗がりの中にいる猫というのは、とりわけかわいい表情をして聞く耳をもたないものだ。

仕方ないから私がまた「わーっ!」などと愚にもつかない奇声を発しながら机から猫を追い出し、部屋の中を追い回す羽目になる。

とてもかわいい。しかし、面白くはない。

 

ようやく少し疲れさせた猫をこたつに置き去りにして、遅い初雪がちらつく中を外出すれば、祝日ゆえ親子連れがずいぶんたくさん居る。

見ればだいたいどこのお父さんと子どもも「ネコさんネズミさん」をやっているではないか。

「あはは、私が毎日部屋でやってるやつだ」

と思って見てると、興奮しきった猫にそっくりの動きをする子供がそこらじゅうを駆け回って、身体のなまったお父さんたちを困惑させている。

子どものころは恐ろしいことに、遊んでくれる大人というのは、子供と遊ぶのが楽しいから遊ぶのだと思っていたものだ。

だっておもしろくもないのに遊ぶ理由などないじゃないか。

 

「かわいい」と「おもしろくはない」が両立するということは、猫を飼うようになってから学んだことなのだけど、人生の中でもだいぶ上位にランクする味わいのある学びだったような気がする。

「そういうことなら大いに困らせてくれ」

と思いながら炬燵でホカホカになっているはずの猫の元に今日もいそいそ帰るのだ。

 

布団乾燥機「カラリエ」の襲来 ~脳から何かが流れ出る

布団の干せない季節が長い北海道では「布団乾燥機は生活必需品」、なんてことが言われたりするが、そうは言っても、贅沢の部類に入る家電だと思ってきた。

庶民たるもの、長くじっとりした冬を耐えるからこそ最初の布団干しが嬉しいのである。

……などとうそぶいている間にも、布団乾燥機は小型化してめっきり手軽になっていたらしい。

ついに我が家に布団乾燥機がやってきてしまった。

 

「布団乾燥機の要は、あたためである」

と、私は聞いていた。

何よりも冬の人類に感動を与えるのはダニでも乾燥でもなく「あたためモード」なのである、と。

「しかし」と聞いている私は思ったものだ。

たとえ冷たかったとしても最終的に布団の中が快適でなかった夜はないし、布団を暖かくしてから寝るなんていくらなんでも堕落がすぎるのではないか。

そもそも古来より、我々には湯たんぽというものがある。

 

小さいかばんくらいのサイズの乾燥機を持ってきてホースをくいっと伸ばし布団の中に差し込む。

布団が持ち上がるようにフラップを立てて送風する空間を作ったら「あたためモード」でスイッチ・オン。

 

20分後、人生においてはじめて「布団乾燥機であたためた布団」というものに入ると、あんまりびっくりしたのでしばらく笑いが止まらなかった。

想像していた「暖かい布団」と、全然違う!

そこは明らかに今まで踏み込んだことのないサンクチュアリ

強いて言うなら岩盤浴の快楽というべきか。

身体の触れるところから全身じわじわ温められていく岩盤浴感に加え、布団が元来持っている包まれて守られる安心感がプラスされると、ほぼ無敵である。

「うひゃひゃひゃひゃ、ひーっ、うひゃひゃひゃひゃ」

信じがたいほど軽薄な笑い声が漏れて止まらないので、我が事とはいえちょっとドン引きした。

夜中なのに。布団が暖かいだけなのに。

 

肩腰が凝りがちで、寒い季節には目覚めた瞬間すでに全身がこわばっている人には症状緩和的な意味でもよかろう。

それに加え、温度がゆっくり下がっていくのに合わせて、すーっと眠りに引き込まれていく感覚がすごいのだ。

騙されたように寝入りがよろしい。

私は寝付きに困ることがかなり少ないタイプなので説得力が今ひとつとは思うが、それにしても、暖かさが引いていくのと同時に気絶みたいに脳の活動スイッチが切れる快楽は、他ではなかなか経験できない境地である。

昼間の緊張が続いて夜の寝付きが良くない人も、この「一旦全身ぐにゃぐにゃにリラックスさせられてからの、引き込まれるような入眠」というのはきっと試してみる価値がある。

 

「そうは言っても電気代じゃん。これがないと眠れない身体にでもなったら今後の人生が困るじゃん」

と、まだ往生際の悪いことを思っているので計算してみた。

おなじみの計算式。

「1時間あたりの消費電力(kW)×使用時間(時間)×料金単価(円/kWh)」

で温めモード(20分)の電気代を計算。

「0.56(kW)×0.33(時間)×27(円/kWh)」=4.99円

一回使って5円弱、毎日使うと月に150円。

一回5円とわかっていれば、特に寒い日とか、イライラして寝付ける気がしない日とか、特に肩コリがひどいときにだけ使うにも気楽。

 

ちなみに私が冬場に愛用しているレンジで3分温める湯たんぽは一回温めると

「0.5(kW)×0.05(時間)×27(円/kWh)」で0.7円くらいだった。

ちゃんと計算したことなかったけど比べるとやっぱり安いな(しかし冷めやすいので寒い日はこれひとつでは足りない)。

 

 

押入れの、布団の脇にちょっと入れておけるくらい小さいし、部屋のどこにでも持っていけるくらい軽いし、毎日の設置も撤収も苦にならないくらい簡単だし、非の打ち所がないではないか。

「こんな贅沢なものを本当に使ってよいのかしら」

という戸惑いが消えないことの他には困った点は何もない、と思っていたらひとつ意外なことに気づいた。

 

朝方、いつものように退屈した猫が仰向けに寝ている飼い主の腹の上に乗って圧迫覚醒を試みるためにやってくる。

まだ寝ていたい飼い主は猫を適当に撫で回してゴロゴロ言わせておけばあと30分くらいは惰眠を貪れると思い、ねぼけ眼のまま布団から手を出して猫の頭をさぐる。

「ヒッ」

と二人とも飛び上がる。

最近、なにゆえに朝方の猫がむやみに帯電してるんだ、と考えたら布団が調子よく乾燥してるせいであった。

アクリル毛布とか使ってる人は気をつけないと、猫が静電気で武器化する。

 

 

 

 

まことに厠は虫の音によく、鳥の声によく、月夜にもまたふさわしく

洗濯物を干す前にはスマートスピーカーに向かって必ず

「アレクサ、今日雨降る?」

というお伺いを立てるのだけど、ジェフ・ベゾスが面白がって私をからかってるんじゃないかと疑うくらいの頻度でそれは当たらない。

アレクサの予言を信じて外干しをし、最後に洗濯機のフィルターの掃除をして、さて、と振り向いたらもう雨が降り始めていた。

「アレクサ、天気予報ってカンで言ってるの?」

と聞いてみたら、いつもより陽気な声で

「カンです」

と答えたのでびっくりした。AIも開き直るとは。

 

庇の下なので、まだ雨粒はほぼあたっていないはずの洗濯物を取り込めば、布が揺れるたびに雨の匂いが染み込んでいる。

こういうときに「あ、みみずの匂い」と思うのは、我ながら少し不思議なことである。

みみずの匂いなど意識的にかいだことがあるわけではないので、単に嗅覚と視覚がクロスした連想ゲームだ。

雨に関連のある情景は何もみみずだけではないのに、どうしてとりわけみみずが想起されるのか。

 

秋はみみずが鳴いて、春は亀が鳴くのだと知ったのは、四季豊かな自然の中を散策中ではなく、家の狭いトイレに居たときだ。

今年は俳句日めくりカレンダーを買って、日々トイレで隅々まで熟読したのが実に楽しかった。

 

俳句というのはその日の季節感にあったものをトイレで一日一句くらいずつ読むのが一番楽しいという認識はもっと広まるべきではないか。

かの谷崎潤一郎も『陰翳礼讃』で、季節感を知るにはトイレが最高と言ってる。

 

まことに厠は虫の音によく、鳥の声によく、月夜にもまたふさわしく、四季おり/\の物のあわれを味わうのに最も適した場所であって、恐らく古来の俳人は此処から無数の題材を得ているであろう。(青空文庫 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』)

 

数々の俳句が厠で着想されたのであれば、読むほうも厠で読むのは道理に叶うはずだ。

もっともこのあと谷崎先生は、水洗式の真っ白の磁気の便器やらぴかぴか光る金属の把手、あるいはむき出しの明るい空間などは実に下品だと口を極めて罵っているので、我が家のトイレなど厠の風上にも置けぬものではある。

それでもトイレが外界からある程度遮断された瞑想的な異空間であることは今でも変わりがない。

まして、どこに居てもGAFAというビッグブラザーに24時間監視されている現代、トイレのように自由な空間が貴重であれば、やはり季節感のようなものはそこで育ちうるのではないだろうか。

 

そうか蚯蚓(みみず)も亀も、本当は鳴かないけれど、何かもの寂しさを感じた人の共感ために、秋には蚯蚓が鳴き、春には亀が鳴くのだな、と知る。

雨の日、乾いた家に暮らす人間が一瞬、アスファルトの上で命尽きていく哀れな蚯蚓の姿をふっと連想して、悲しみの世界を想う。

そういう言葉だって、まだ私が知らないだけでどこかにあるかもしれないのだ。

 

 

 

 

あんまり楽しいのでもちろん来年分も買った。

おもしろいのは、日付がわりと小さいために

「へー、芭蕉の命日なのかあ。今日は何日だったかなあ」

などと、カレンダーを見ながら考えてる時があること。

読み物なので、日付はおまけである。

 

 

 

猫も元気で屋根と床のあるところで暖かく暮らせますように

ダウンジャケットというものを買ってみたら、あまり暖かいのでびっくりした。

ダウンってユニクロが安く出すまで、これほど誰も彼も着ていなかったではないか。

「みんなちょっと一斉にマシュマロマンみたいになりすぎじゃないのか」

と思って、ずっと古いウールのコートを着ていたのだ。

昨日まで肩をすくめて歩いていたものが、今日はむしろ暑くて前を全開にしてノシノシ歩く。

そうか、こんなに暖かいからみんなマシュマロマンになったのだなっ!

と合点がいく。

いくつになっても新たなる発見があるとは嬉しいことだ。

 

年齢が行けば行くほど「言っても居心地悪いし、言わなくても居心地悪いし」という感じになるのがちょっと面倒くさいのだが、押しも押されもせぬ誕生日である。

別にめでたくはないが、ここまで息災だったことがありがたいことなのは間違いない。

そういうわけで、「息災感謝デー」として非常持ち出し(ってほどのこともない)リュックの中身をちょっと見直してみたりした。

 

「イザというときになら使うんじゃないかしら」

という曖昧なガラクタが色々放り込んであるので、いずれちゃんと見ないとならぬとは思っていたのだ。

感染症対策の目玉として送付されてきた布マスクまで、どうしたらいいかわからないままに放り込んである(260億円も掛かってもったいなかったなあと思って捨てられないのは困ったもんだが、さりとて返納したら260億もらえるってわけでもない)。

乾電池も、開封しているものは使いきってしまうことにして、新しい10年長持ちエボルタネオ君未開封と入れ替えた。

ポータブルラジオやヘッドライトなどすでに電池が入っているものは新しいのに入れ替えて動作チェック、入っていた乾電池は普段使う用に回す。

乾電池式モバイルバッテリーは妙に古くて怪しいうえにケーブルもないので新しいのを注文。

幸いにして2018年の北海道ブラックアウトくらいしか災害の当事者になったことがないので、どうにも欠乏の想像が電力にばかり傾いているようだ。

まあまあ、それくらいのことなら「息災祝」としてたまにやっておいてもよろしかろう。

 

高台の集合住宅に住んでいる私としては、何かあってリュックを担いで逃げるという状況はいまひとつ想定しにくく、ライフラインが止まった状況で猫と一緒にこの部屋にとどまる、という状況のほうがより起こりやすそうなことである。

非常持ち出し袋」というよりは「非常居座り袋」といったところであり、闇雲に「袋」にする必要が実はよくわからない。

なんとなく流されてリュックにまとめてるが、実は何を想定してるんだ、自分。

 

前からちょっと欲しかったハクキンカイロを、つい買った。

ガスも電気もない場所で暖を取るのにも使えるから、兼非常用装備と考えればそう贅沢には入らないのではないか。

これからの季節は、マウスを握る手がとにかく冷たく、レンジで温める湯たんぽは気持ちはいいがちょっと冷めるのが早い。

使い捨てカイロの13倍温かいとかいうオイル式カイロがどうにも気になっていたのだ。

非常時にも、普段にも、半永久的に使える真鍮製の懐炉なんて、道具としても超テンション上がるではないか。

そういうわけで、また一年生存する方向で色々再検討した誕生日であった。

 

 

途中から急激に陽気になるカンバーバッジの歌

思い起こせばもう10年近くも前ですが、BBCでカンバーバッチがやっていたシャーロックが非常に好きでした。

「チャラッチャッチャッ、チャラチャッチャチャ、チャララッチャララッチャララッチャララッ、チャー」

と不穏なテーマ曲を口ずさめば、カンバーバッチが何を企んでいるのかわからない長い顔をしてロンドンの裏通りを走ってくる気さえする。

キャストもBGMも衣装も脚本も、どこを取っても引き込まれる作品でした。

 

それというのに、許しがたいことには私の鼻歌を聞いた最後にかならず

「上手に焼けました!」

という訳のわからない合いの手をかぶせてくる友人がいることです。

 

毎回のことなので、ここは私も意義を申し立てます。

なぜ人が気持ちよく始めた鼻歌を途中から奪って、妙な合いの手で私のベイカー街を台無しにするのか、と。

友人は大変に訝し気な顔をして答えるではないですか。

「だって、ニクヤキでしょう?」

「……?」

「もう一回歌ってごらん」

「チャラッチャッチャッ、チャラチャッチャチャ、チャララッチャララッチャララッチャララッ……」

「チャララララッ、上手に焼けました!……ほら」


www.youtube.com

 

ほら、じゃなくて。

何の話をしてるんだ、私がゲームをやらないことは知っておろう。

その肉屋さんはしまって、シャーロックのテーマを1分23秒から再生してみたまえ。

 


www.youtube.com

 

「チャラッチャッチャッ、チャラチャッチャチャ、チャララッチャララッチャララッチャララッ、チャー ほら」

「いやいや、ほら、じゃなくて。全然違うじゃん!」

 

この不毛な問答によって発見されたのが、意外な2つの楽曲の旋律の類似なのか、はたまた単なる私の音痴なのか、両人、それすらも区別がつかない程度の耳である。

しかし、私が折にふれて脳裏に呼び出していた都市生活が似合う偏屈高等遊民カンバーバッチは、野原で肉の塊を引けらかす野人カンバーバッジに歌の途中で変身してしまうようになり、あのダークでアーバンでニートな醍醐味は儚くも二度と帰ってこない。

音痴にとっての鼻歌の世界の壊れやすさをしみじみ思い知らされる一件であった(しかし妄想のカンバーバッジは肉も案外似合う)。

 

 

 

 

今週のお題「秋の歌」