『ディスクロージャーディ』を観てきました。
劇場でかかってる予告映像では、スピルバーグが出てきて
「『未知との遭遇』を作ったころより人類以外の存在の存在を信じている」
とか言ってたわけです。
たしかに人類はどの時代にも、宇宙人やら、冷戦やら、技術革新やら、形を変えながら根源的な恐怖と希望についてずっと語り続けてるからね、と思ってたんですが、ついに本編を観てびっくり。
例え話とかじゃなくて、本当に『未知との遭遇』そのままの可能性を50年近く信じ続けてたっ!
「あっ、本当に、頭大きくて手足細くて直立する宇宙人の話を、今するんだ・・・・・・」
という、もはや感動ですね。
報道番組のアンカーになりたいと思っている気象予報士のマーガレット。ある日赤い鳥が部屋に入ってきたのをきっかけに、眠っていた能力が次々と目覚める。一方、極秘の研究機関から情報を盗み出した研究員のケルナーは、謎の組織に追われている。マーガレットは目覚めた勘を利用してケルナーに会いにいき、出会った二人は10歳のころに同じ経験をしていたことがあきらかになる。
・・・・・・というような話でした。
自分で何をやってるのかぜんぜん理解してないのに決然と進んでいくエミリー・ブラントの芝居は、非常に面白かったです。「気の強いバカだけど、ただのバカじゃない」みたいなことをしてるときのエミリー・ブラントは良いですね。その彼氏役のワイアット・ラッセルも、絶妙な釣り合いの取れ具合を発揮しており、ベストカップルほっこりタイムでした。

この映画でもっとも問題だったのは、2026年に「地球に宇宙人が来ていて、その情報を政府が隠蔽してるんだ」とディスクロージャーされて、それによって全世界が
「おお、それはたいへんなことだっ」
と、釘付けになるのか?ってことです。
今、人類存亡を巡って差し迫った希望、あるいは恐怖の対象は主にAIになっておりますから、
「実は人型宇宙人がもう地球に居ます!」という宣言は
「100年ぶりに新種のネコが発見されました!」
と同じくらいの感じの受け止め方になるんじゃないか、という気がします。
宇宙人の情報をディスクロージャーされると、「我々の生活の何かがどうにか変わるのか?」というところが分からないまま話が進み、そのまま終わってしまったなあ、という戸惑いが残りました。
少なくても、145分かけてその話をされて、最後に真打ち登場みたいな感じで重々しくも宇宙人に出てこられても、ちょっときびしいかなあ。
むしろ怪獣映画みたいに、最初から宇宙人がバンバン出てきて暴れてくれる方が腑に落ちたかもしれない。
あと、なにやら重要アイテムだったらしい「デバイス」が、結局「何ができる何」だったのか、最後まで分からなかったのもちょっときびしかったし、
途中までたいへんに主体的なおもしろキャラだったエミリー・ブラントが、最終的にはまわりにヤイノヤイノ言われるがままに情報公開の代表者になって、本人の主体的な動機がわかるような分からないような感じだったのも、惜しい感じでした。

とはいえ、スピルバーグが50年間同じ夢を見続けてることは、ぜんぜん嫌いになれないところです。
私だって『若草物語』で読んだ”ライムの砂糖漬け”は、夢のように美味しい食べ物に違いないという信仰を未だに捨てていないし、これは死ぬまで信じたままでいる覚悟であるからして、同族として
「なんだよ、尊いじゃないか!」
ということは、ちょっと言っておきたい。





