晴天の霹靂

最近は映画と読書のお話をしています。黒猫と暮らしています。

『ハート・オブ・ビースト』~犬のかわりにブラピがズタボロになっていく

『ハート・オブ・ビースト』を観てきました。

劇場で予告を観ていた段階から「これはっ!」とは思ってたんですが、何しろ義足のワンちゃんですから。犬に感情移入しすぎて途中で具合悪くなったらどうしようかな、という心配もあり、観るのがちょっと怖ろしくもありました。

 


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結果、「君、そんなことまでできるの」という驚きがずっとつづいていたので、わりと大丈夫だった。とりわけ、泣きの演技が、本当にすごいんです。ブラピが本当に死んだのかなと思うくらい泣いてた、犬。

 

 

共に戦争PTSDに悩む元軍人のブラピと軍用犬オーディンは、退役後アラスカの荒野で人を遠ざけて暮らしている。あるとき、操縦中に心臓発作を起こしセスナが墜落、犬と人は荒野に投げ出される。二人は生き残るために死力を尽くすが、険しい土地、熊、オオカミなど次々と脅威が襲いかかる。

・・・・・・というような話でした。

 

平和な世界になじめなくて人を避けてくらす人犬バディが、地獄巡りののちに人の愛情に希望を見いだそうと決めるわけですが、犬の方をそれほど酷い目に遭わせるわけにも行かないので、ひたすらブラピがボロボロになっていくのをみつつ、主役は犬の献身と賢さ。

 

その分、謎のJ・K・シモンズがにゅっと登場して、でっかい本を置いていって「ここがこの映画のテーマですよ」っていうところをわざわざマルで囲って去っていったり(どういう人なんだ)

「セリフが少ないのでちょっとわかりにくいかもしませんが、あらすじはこういうことなんです」という説明のためにブラピが『ザ・ロード』を読んでいたり。

犬以外のことに関する説明の簡潔さが、本当にギリギリまで簡素で結構微笑ましかったです。みんなが観たいのはどうせ犬なんだと、わかっているこの潔さ。

「大自然と義足の犬」という素材の良さには何も叶うまい

また、カメラがすごい近くまで寄っていっても忍耐強くいい子にしている犬のアップに物悲しげな音楽をオーバーラップさせると、本当に悲しい顔をしているように見える、という感情操作も大変興味深かったですね。

本当は、役者のワンちゃんは「早く終わらせておやつくれないかなー」とか思ってるに違いないんですけど、画面上は、ひたむきにブラピのことだけ考えいるように、どうやっても見えるのだから、映画の文法と、人間の思い込みのおめでたさってファンタスティック。

 

 

劇中ブラピが読んでいた本。終末世界を旅する父と子の話だそうです。父が子に希望を託す結末。

 

『レッド・サン』~ドロンさんがドロンする映画だった

『レッド・サン』の4Kリマスター版、観てきました。

チャールズ・ブロンソン、三船敏郎、アラン・ドロンの、世界三大おじさんですね。


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ブロンソン率いる強盗団が襲撃した列車に、合衆国大統領を訪問する日本の大使が乗っていた。強盗団のアラン・ドロンは日本からの献上品の刀と、ブロンソンの取り分の金を持って逃走。命に代えても帝の刀をとりもどさなければならない三船は、ブロンソンを案内役に、西部の荒野を探し回る。

・・・・・・というようなお話でした。

 

女性に対する差別やら、先住民に対する差別やら色々大変ではあるんですが、映画自体はたいへん楽しい活劇。

少々問題があるとしても、目が楽しい

また、サムライ三船が、おにぎりから卵焼きまで無限に持っているやら、砂漠の果ての娼館で浴衣が出てくるやら、鉄砲以外ならマキビシから弓まで何でも使えるやら。

「武士道、まじすごいっすね」

って感じなんです。

 

そしたら「ウィ コール  イット ハラキリ」とか言い出したので、

「えっ、我々はそれを”切腹”って呼ぶんじゃなかった?」

と、びっくりさせられたりもしまして、面白いですね。

なんというオリエンタリズム。

よくわからないサービスショットの三船氏

ブロンソンはゴリゴリのオポチュニストで、行動規範が「どうやったら自分に得か」というところにあるわけです。武士道の三船が、”帝の刀”を自分の命以上のものとして認識して、家父長的なものに異様な忠誠心を示すことを全然理解しないんですが、一緒に旅を続けるうちに絆はできてきます。

最後、無念のうちに果てていく三船に対して

「この刀は俺が大使に返しておいてやるよ」

なんて、はじめてちょっと侠気を見せる。

完全に三船とイチャイチャしてるだけのブロンソン

こっちとしては

「え、この話、三船を殺す必要ぜんぜんなくない?」

と戸惑ってはいるのですが、それはそれとして、約束を果たすべく、日本の大使が乗ってる列車に近付くブロンソン。

ようやく刀を返すのかと思いきや、なんと「帝の刀」は、蒸気機関車の真っ黒な煙を浴びながらなぜか電線にぶら下がっており、そこに荘厳な「END」の文字が被さったのでありました。

異文化から来た三船の「忠誠心」の誤読されっぷりに、衝撃を受けつつ見つめるラストショット。

 

そうかあ、三船も、矢玉降る中で我が身顧みず押し頂いて守り通したものを、「親切心から」あんな汚れだらけになるところに放置されるかもしれないという発想は湧かなかったんだろうなあ。

ブロンソンがそういう人だと分かってたら

「あ、汚れないように扱って」

と、死ぬのを3分先延ばしにしてでも言っただろうにねえ。

 

オポチュニスティックに考えれば

「武器でしょ?道具でしょ?汚れたら洗えばよくない?」

で合ってるんですが、それがある種の「神聖さ」を纏ってるところまで伝わってなかった三船の痛恨が、なんかじわじわとおかしてくて、ひょっとして墓場から三船の手がにゅっと出てくるんじゃないかという余韻にしばし浸った次第です。

 

色々と野蛮ですが、たいへん面白くみました。

 

『闇の眼』~40年前のエンタメ小説のノスタルジー

デジタル積ん読解消シリーズ。

「なぜ、こんな古めかしいものがKindleに入ってるのだっけ?」

と思ったんですが、たぶん、クラシックな表紙にちょっとグッと来て安くなってるときにふらふら買ったんでありましょう。1981年発表のアメリカのベストセラー小説です。

 

 

一年前の息子の死からようやく立ち直りつつあると感じていた舞台監督ティナは、突然、悪夢と怪奇現象に悩まされるようになる。息子の遺体と対面しなかったことが原因だと考えたティナは、墓を開けることを決意し恋人と共に手続きをはじめる。すると、それを阻止しようとする謎の組織に命を狙われることに。ティナは暗殺者たちから逃げ延びながら、息子の死の真相を掴むべく立ち上がる。

・・・・・・というような話でした。

 

とにかく、クーンツ先生のサービス精神ですよね。

ダンサーから上り詰めた美人の舞台プロデューサー。自家用セスナを持っているイケメンで料理上手のセレブ弁護士(元スパイ!)。恋愛、アクション、オカルト、秘密組織、陰謀論、催眠術、山奥の研究施設。

なんでもギュウギュウに入っていて、「これは大変なお祭りだな」と思って読んでいたら、真ん中へんで、ついに主人公の家が爆発。

「うわっ、爆発したっ!笑」

と思いました。さすがに。ページをめくる手を止めさせないためならどんなことでもやる決意に大変な感動を覚えることですね。

 

この爆発が面白くて。さすがにラスベガスの高級住宅地でいきなり家一軒爆発したら、巻き込まれ被害も甚大でしょうし、何事もなかったかのように話を進めるのはちょっと無理かと思うところ。

大成功を収めたばかりのラスベガスの舞台監督の家ですから「生きてます」とか「この後の仕事のことですけど」とか「泊まるところありますか」とか「事情聴かせてください」とか。どうやったって連絡三昧になるところを、二度と爆発した家のことは考えないで突き進んでいく主人公カップルとクーンツ先生。

この強固な自信はなんだろうと思ったら、話が12月30日から1月2日で、年越しの4日間のことなんですね。4章立てで、わざわざ章タイトルが日付にされるくらい、年またぎであることを強調してあるのは

「ニューイヤーホリデーだから、多少は浮世離れしてても乗り切れる!」

という読みか、と勘ぐるのもなかなか愉快なことです。細かいことより強気が大事。

 

なんだかわからない闇のネットワークの資金の調達法とかはどうでもいいんで、ここのくだりはちょっと退屈だな、とか。せっかく「たたき上げ悪人」VS「エリートボンボン悪人」という、面白そうな対立仕込んであったのに、期待ほどは膨らまなかったなあ。とか、肩すかしもありつつ、なんだか本当に80年代の匂いがするのが、なかなかに郷愁をそそる一冊でした。