うちには自慢のキャットタワーがあります。
思い起こせば二年前の春、当時まだほんの子猫だったやんちゃな黒猫がおもちゃの紐を誤飲して腸閉塞を起こして死にかけ、緊急入院したことがあったのです。
日頃つやつやと自慢げに光る黒い毛が急激な脱水症状のせいで見る間に抜け落ち、あっという間に縮んでみすばらしい猫になっていくのを押しとどめるようにしっかり抱きかかえて春の強風の中を動物病院へ向かった、我が家の一大事件でした。
幸い、飲み込んだ紐は腸を傷つけることはなく、一回の手術で完全に取り除くことができたのですが、子猫にとって一週間の入院は思いの外つらそうで、毎日見舞いにいって声はかけるのに家に連れ帰ってはくれない私に対して不信感を募らせてるのではないかと思うと、ほっとする一方で身を揉むほど切ない気もしたものです。
そんな一大試練を乗り越えた我が家と黒猫への退院祝いプレゼントがキャットタワー導入でした。
二匹の猫が水平方向垂直方向問わず縦横無尽に駆け回り、ときには上の棚板から滑り落ちたりするのを見てるのも大変たのしい、我が家をますます陽気にしてくれるアイテムとしてすっかり部屋になじみました。
ところで、です。
我が家のキャットタワーには真ん中へんにちょっとした簡素な「小屋」が付いています。
あんまりシンプルなのでさすがにあまり寝心地はよくないと見え、好奇心旺盛でどこにでもとりあえず鼻先を突っ込む黒猫も、狭いところ好きでAmazonが来るとまっさきに空箱をねだる虎猫も、この「小屋」にだけはほとんど入っているのを見たことがありません。
それでもこれだけタワーとして活用してくれているのなら十分十分、と思っていた2020年春。
今年で六歳というおじさん虎猫がいきなりぎゅうぎゅうの狭いその「小屋スペース」を愛用しはじめたのです。
ラグビー部員の弁当箱のようにミッチミチ、尻尾やら手先やらはもうはみ出ています。
「なんなの、どうしたの、急に。そこ狭いでしょ。黒猫がうるさい?私の膝で寝ていいのよ?なんでそこ?捨て猫ごっこじゃないよね?」
彼のメンタルをつい心配して色々しゃべりかけてしまうのですが、出てくる様子もありません。
中年になると急に隠遁したくなる、みたいな傾向が果たして猫にもあるのか。
活動時間は仲良く黒猫と駆け回り、おいかけっこでタワーに駆け上がったりもしているので別に心配するようなことでもなさそうなのですが、あまりにもミッチミチなことだけが人間としては何かいたたまれないような気がするのでした。
あの子、あんまりあそこにいると四角い猫になってしまいやしないかしら、などと心配し、せめて使い古しのシーツなど敷いて寝心地を整えてやるのです。
これが噂に名高い猫の気まぐれというものか。