晴天の霹靂

びっくりしました

『クリームパンもういっこください』~虎猫回想録

我が家の虎猫は、生後一か月でもらってきたときは背中が真っ黒で腹のあたりに少しグレーの斑点のある子猫だった。

だいたい黒猫なのだな、と思いながら育てていたら、背中が延びるにしたがってグレーの筋が入ってきて、いつの間にかわりとちゃんと黒とグレーの虎猫になったので驚いた。

 

そうかそうか、これはサバトラとかいう猫だったのだな。

と思って安心してますます育てていたら今度は腹のあたりから薄灰色だった毛が茶色に変わっていったので、これはちょっとストーブに至近距離で当たりすぎて焦げてきているのではないか、と半ば本気で心配したものだ。

初めて飼う猫だから、そんなに目の色やら毛の色やらが成長に合わせて色々変わるなんて、全然知らなかったのだ。

最終的には茶色の猫といったものか、灰色の猫と言ったものかはなはだ曖昧な、とにかく何らかの縞模様の猫として完成した。

 

見る人が見ると「シャム猫の血が混じってるんだろうね」などと言われる彼は、全体に華奢で胸骨がぴょこんと飛び出ており、手足がほっそりとして、尻尾が長い。

その細くて長い尻尾の先が、きちんと坐ったときに両の前足の上にくるん、と丸まってのっかるところが、本当にお行儀よく見えて気にいっていた。

 

その茶とも灰ともつかないぼんやりした色の、きちんとそろった両の前足が目の前にあると、

「クリームパンください」

と言いながら指を載せてみずにはいられない。

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猫の方は、なんだか戸惑ったような顔でそっと私の指の下から足を引き、また居住まいを正してしっぽを巻きなおして座る。

「クリームパンもういっこください」

今度は逆の足の上に指を載せると、猫はまた戸惑った顔で私の指の下からそっと足を引いて、またきちんと坐りなおして尻尾を巻き付ける。

別に怒るでも逃げるでもないが、それでも「毎回毎回、何がおもしろいのかなあ」くらいの顔付はするのだ。

 

子どものころ、たまに会う親戚が顔をみるたびに雑に「大きくなったねえ」と言ってくるのが不思議だったものだ。

そんなことを言ってどうするのか。

そんなことを言われてどうしたらいいのか。

「おはよう」と言われてるなら「おはようございます」と返せばよいが、「大きくなったねえ」と言われて「大きくなりましたね」と返すわけにはいかないだろう。

そんな何の新鮮味もない、特に意味もなければ、どっち方向に打ち返しようもない球を、毎回無反省に放り投げてくるのか。

 

「クリームパンください」

言われて戸惑っている猫の顔を見ていると、そういう無数のシーンをようやく親戚の側の立場に立って再生できるようになった。

吟味する暇も、意味を考える余力も、推敲する意志の力も経ないまま、ただただ思いついた瞬間にはもう口から出てしまっているのだ。

「クリームパンもうひとつください」

これらの言葉を、古い日本語で表現すると、つまるところこういうことだ。

食べてしまいたいくらいかわいい。