晴天の霹靂

びっくりしました

これやこの ~渋谷スクランブル交差点の蝉丸

Kindle端末中心で読書をするようになっておもしろいことのひとつは、特定のテーマに興味を持ちバージョン違いも読んでみたくなったときにEnglish editionを入手するのが非常に簡単だ、ということがある(しかもたいてい日本語版より安いし、タップするだけで自動翻訳もできるし、昔の洋書に比べるとハードル劇低になったことにはいつまでたっても感激がやまない)

 

そんなわけで、「今年は古典と詩と小説をもう少し読みたい」と漠然と思っていた年明けから百人一首を英語版で一日一首ずつ読んでいる。伊達や酔狂。

最初のうちこそ「古い日本語の翻訳とあって、みたことのない単語も頻繁に出てくるし、こちとら発音もおぼつかないとあってはどことどこでライムを刻んでるのかもあんまりピンと来ないし、これはあかんなあ」

と思っていたものが、ゆっくり読んでいるとちゃんと「これはこれは」と思う瞬間があったりする。細かいところがわからないにせよ外国語になっていることで「古典の時間に習ったいつものヤツ」という意識を引っこ抜かれて、いきなり違う風景で見えることがあるのだ。

 

これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関

 

 

それほど熱心に長時間見るというわけでもないのだけど、いつの頃からか世界中に増えたライブカメラ映像をYou Tubeで観るのがわりと好きだ。

おもしろいのは、雪が降っているときのおらが街。見知った路上を誰か転ぶんじゃないかしら、と思ってハラハラ(わくわく?)しながら見たり、アイスバーンを金魚のように尻を降りながらもどこにもぶつからずに行き交っていくタクシーの華麗なテクニックに見とれたり。

あるいは夜のフェリーの発着。地方のさみしげな空港でひっそりと眠りにつく飛行機。

 

見ものとして圧巻なのは渋谷スクランブル交差点のライブカメラだ。すごくたくさんの人が、目的はバラバラなのに全員がひとつの秩序に乗って行動していて、触れ合うとも触れ合わないとも言えないくらいの距離感で一瞬すれ違って離れていく。深夜に小さいことども連れて歩いている人がいたり、終電に向かって走っていくカップルがいたり。頭数だけ事情はあるはずだけど、見ているぶんにはひとつのうまく統率された群れでもある。

夜になれば交差点の端に立ってカメラに向かってアピールしている安っぽいベジータのコスプレの人をよく見かける。寒い日も何時間も立っているが、無論一文の得にもならないであろうし、わざわざ自慢するほどのコスプレのクオリティでもない。交差点の群衆の方を観察しているのであればまだおもしろいかもしれないが、ライブカメラの方を見ているので本人におもしろいことはなさそうなのだが、どういうわけか、その人物はその誰得行為をストイックに続けているのである。ただの目立ちたがり屋としてはずいぶんなガッツだ。

 

「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」

の作者蝉丸という人は、どうも特定の個人ではないんじゃないかと言われているらしい。人が行き交う要所には芸能人なども集まる。蝉丸も、そういう場所にいた人で、個人名ではなくて職業の名前だったのではないか。そして、盲目の琵琶の弾き手だったようだ、と。推測ばかりである。

そんな、個人としてはたぶん名もなかった、おそらくは華やかな人生も送らなかったであろう誰かは言うのだ。

「ここですよ、ここがあのかの有名なめっちゃ混んでる交差点。いろんな人が一斉にわーっと来て、わーっと去っていくんですよ、すごいでしょう?見えてる?」

おお蝉丸。と、私は彼を見つけるとちょっと思い、そしてしばらく見てからYou Tube画面を閉じる。群衆も、蝉丸も消えて、私はひとり。