晴天の霹靂

びっくりしました

『宇宙探索編集部』 ~私は恋愛映画としてみる

『宇宙探索編集部』を観てきました。衝撃的に面白かった。

2024年、これよりおもしろい作品には出会うかもしれないけど、これほどユニークな形で心を動かされる作品には出会えないかもしれない。

しょぼくれ中年がロバに乗ってるだけで滂沱の涙を搾り取られるシュチュエーションなんて、一体いくつ考えつく?


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しかし私にとってはまず、なによりも稀に見るほど切ない中年恋愛映画でした。

往時は若くして注目を集める科学者ではあったけど今となってはなんか陰謀論めいたことをブツブツ言うだけの中年になってしまった編集長を、ずっと傍らで支え続けた、一見おっかない女性編集者がおりましてね。

劇中でははっきり言われてはいないものの、どうもこの女性編集者はポケットマネーからなにくれとなく出して、今や廃刊寸前の雑誌を支えてる気配すらある。

「今度こそ編集部の命運かけて見に行こう。今度こそ宇宙人来てっから」みたいな、突然の編集長のわけのわからん話にも渋々ついて来てくれるわけです。はるばる泥の中、川の中、山の中。

それが運悪く道中犬に噛まれてしまいます。

それでわっと感情が爆発して「もう知らない帰る。あんたなんか何も分かってない」と突然切れ散らかし、UFO探索パーティが解散になってしまうのです。

かわいいしょぼくれ中年オブ・ザ・イヤー

じゃあしょうがない、僕は一人でも行くよ。なんて編集長はポッケにじゃがいもかなんか詰めて単独で旅を続けるんですが、本当に、この人は涙が出るほど何もわかってないんです。なぜ宇宙人になんて興味もない女性編集者が一文の得にもならない苦労をしてここまでついてきてくれているのか。

今どれほど人生にやつれた姿をしているとはいえ、かつては科学の言葉を使って宇宙規模のロマンの話ができた編集長の基本的な人柄に惹かれているからでしょうよ。怪我をしたときに駆け寄って「大丈夫?」「苦労かけてごめん」とさえ言ってくれれば、どこまででもついていきたかったに決まっているじゃないか。

それが、しょぼくれ編集長の方はあまりにも自信を失いすぎているから、駆け寄ったのは良いものの明後日の方を向いて目を逸らせたまま

「ええと、労災扱いでなんとかするから……」

などとピントの外れたことを言い出すしまつ。私もよっぽど立ち上がって説教したかったものです。そうじゃねえだろ。

 

編集長、若い頃からいわゆる”オタクっぽい”と言ったものか、目をそらしたまま自分の言いたいことだけ言うタイプの内気さはあったものの、人に伝えたいことがあるからこそちゃんと喋る人ではありました。

それがあるとき娘を亡くし、しかも不運にも娘が投げかけてきた大事な問に答えるタイミングがないまま永別してしまったというがおそらく大きなきっかけにもなってかなり深刻なコミュニケーション不全を抱えるようになります。

 

ちゃんと人生をやっていく能力のあるやり手女性編集者が果たしてきてくれた貢献に対して自分がなにか言う程度のことで、それが人の心に響くとか思えないほど自信を失っているからこそ、「ありがとう」とか「ごめん」とか「大丈夫?」とか、そういう真心の言葉をかけられなくなっていて、じゃあ自分が精一杯できる誠実な声掛けってなんだろうかと考えていくと「ええと、労災……」とかなっちゃうんでありましょう。

本当に、分かるけどいい加減にしなさいよ、あんた。いくらなんでもかわいそうじゃないか。

儲からないのにちゃんと人が集まるのは人として魅力的だからなんだけどねえ

UFOって、人がなにか理解しきれない現象にあった時に各々そこに見たいものを見るんだよね、っていう話であって、ある人にとってはそれは失われたコミュニケーション可能性かもしれないし、ある人にとっては誰かの人生が痛ましく歪められてしまう以前の姿かもしれないし、あるいは自分を置いていなくなってしまった肉親かもしれない。

その中においてわりと即物的な性格の、ちょっとアルコール依存気味の陽気な兄ちゃんがへべれけになりながら

「UFOって酒と一緒だよね。行きたいところに連れていってくれる」って言ったのが、いみじくも映画のテーマじゃん、というのはなかなか見事でした。

 

そんなにあちこちで公開されてるわけではないので観られる機会は今のところ多くないとは思うんだけど、ちょっとびっくりするくらい面白いから、ぜひぜひどこかで見つけたら観てほしい、と思う一本でありました。

 

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