晴天の霹靂

びっくりしました

「だって寒いんだもん」と君は言う

天気予報で「急に寒くなる」と言っているなと思っていたら、律儀なもので本当に急に寒くなった。

部屋をうろうろしている猫が、私が座ったと見るや、すぐさま膝に乗ってくる。

おお、そうかそうか。寒いのか

彼女はむくむくした冬毛が生え揃い、今や最高のなで心地だ。

気分屋で、撫でられることを嫌がる時も多々あるのだが、どう考えても撫でられんがために生まれてきたとしか思えない、大層毛並みの良い猫である。

「けづることをうるさがり給へど、をかしの御髪や」(若紫)

などと、源氏物語ごっこをやるにも良い。

たまたま覗き見した幼女が可愛かったから拐ってきていい頃合いになったら手をつけるとは、想像しうる限り最低の男だな、と思っていたものだが、寒さに乗じてふっかふかの猫をぐりんぐりん撫で回していると、光源氏的な心持ちもわからんでもない。

毎日ご飯もあげてるし、トイレも掃除してるし、ドアも開けてやってるんだから、ちょっとくらい撫でさせろや。うりうり。

 

ところへ、有機的なつながりに興味を持たない電子レンジが無愛想にチンとなる。

すまんすまん、そういえば珈琲を温めていたのだ。取りに行ってもよろしいか?

不満げな顔をする猫をなだめて膝からおろし、珈琲を持って戻ってくると、猫はヨーヨーのごとく速やかにまた膝上ポジションに収容される。

膝に柔らかく温かくしっくりした重みのある生命体、手のひらに湯気のたつ珈琲。

パソコンの画面を眺めながら、時々猫の背中を撫でると、お愛想に指を舐めて返事をしてくる過不足ない情の交流。

生活が完璧な形になる瞬間である。

 

ところへ、完璧な生活に興味を持たない洗濯物がカタンと無愛想に落ちる。

すまんすまん、秋の風が強いのだ、取りに行ってもよろしいか?

極めて不満げな顔をする猫をなだめて膝からおろし、落下した洗濯物を回収するためにベランダに出る。

運悪くプランターに落下した白いシャツは洗い直し、色物の方はまあ何事もなかったことにしてそのまま室内干し。

ひとしきりバタバタした後で席に戻ると、猫は若干疑わしい顔をしてこちらを見ている。

「もういいよ、ここ。ほれどうぞ」

猫が丸くなりやすいように気を使って座り直し、ポンポンと居場所を整えてやると、なんとなくもったいをつけてゆっくりとのってくる。

機嫌をとるために、猛烈に喉の下やら耳の後ろをやらを掻いているうちに、ようやく機嫌を直してゴロゴロ言い始め、我々の時はまた完璧な瞬間まで戻る。

肌寒い一日、安心して眠る猫、温かな珈琲、言葉にされることのない愛情。

 

こうして飼い主は、「実はトイレに行きたい」と告げるタイミングを完全に見失う。秋である。