晴天の霹靂

びっくりしました

『ザ・キラー』~こだわりが強いからと言って仕事ができるわけではない

 

『ザ・キラー』を観ましたよ。

デヴィッド・フィンチャーの新作なのに全国で数館しか掛かってないのを不思議に思ってたら数日遅れですぐネットフリックス配信始まったので、結局家で観ました。

もはや劇場公開のルールってどういうことになってるのかよくわからない。


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冒頭からしばらくが、ものすごくカミュの『異邦人』っぽい雰囲気なのです。無口な人が家から何時間もずっと外を観察しながらぶつぶつ独白している。外はいい風景の町並みで、そこで暮らす人々も楽しそうで、隅っこの方に猫がいるのとか、子どもが悪さしてるのとかを観ながら、なんとなく満たされて時間が過ぎていきます。

「この異邦人モノローグ結構好きだからこのまま2時間付き合ってもいいぞ」

と思い始めた矢先でマイケル・ファスベンダーが急速にずっこけはじめるのも、『異邦人』のムルソーに似てるといえば似てるのかもしれない。

 

そもそもマイケル・ファスベンダーという人がとっても面白くて、「完璧な仕事をやりそうな顔」に見えるのですよね。そのわりには自分で決めたルールを自分に言い聞かせてる間に誤射して初手から大仕事をミスっちゃう。

ずーっと長々と綿密な計画見せられておいて、やっと実行するのかと思いきやいきなり真顔で大失敗するのは、観てて結構笑えます。

 

広い窓越しに殺しのターゲットをライフルで撃とうとして、間違えて手前に居たコールガールを撃ってしまうんですが、こちらとしては「犠牲者には大変気の毒だけど、ターゲットはすぐその後ろに入るんだからそのまますぐもう一発撃てば仕事は完遂できるのでは」と思いつつ観ています。

ところがずっと真顔のマイケル・ファスベンダー、「慌てない慌てない」とか自分に言い聞かせながら冷静沈着にその場からすたこら逃げ出してしまうのです。

その間も「すべて計画どおり、即興はなしだ」とかずっとぶつぶつマイルールを言い続けるわけですが、そういうことばかり言って融通きかないから一発逸れただけで大惨事になるんじゃないのか、ということは一回立ち止まって考えてみたほうがいいよね。

 

失敗したのはさておき、雇い主に復讐の必要があると考えた彼は、仕事のパートナーを尋問しにいったりするんですが、「計画どおり計画どおり」とか呟いてるうちに今度は相手を脅しすぎちゃって、情報聞き出す時間もなくあっさり殺してしまいます。

「計画」にこだわるタイプのわりには、意外と計画もずさんということまで露呈。さてはマイケル・ファスベンダー、自分で思ってるほど「デキる仕事人」ではないな、ということがさすがに観客にもバレはじめるのであります。

かと言って、自分の能力を盛って語っている感じでもなく、どうも自分がそんなに出来ないことに自分で気づいていないらしいところが、可愛い。

マフィアの犬を薬物で眠らせたら、肝心なところで犬起きちゃうし。もはや犬すら満足に相手にできない殺し屋なのだけど、それでもめげずにマイルールを押し通すことで色々頑張るマイケル・ファスベンダーを愛でる会なのでありました。

 

「なんとなくできそうな人」が実際できてるわけではない、というのは知っとくと役に立つ知識ですよね。特に「なんとなくできそうな雰囲気」だけで食ってる人が多い昨今には、大変有意義だと思います。

 

 

原作小説は別にあるそうなんですが、私としては『異邦人』の現代版だと思って観てたら、すっごく面白かったです。基本的には一人で機嫌よく暮らせるタイプの人なんだから、殺人さえしないで済めば良かったのに、と返す返すも残念。