いろいろ世情の厳しい時代に、こんなに呑気なやつが居ていいもんだろうかと後ろめたさは感じるが、ありのままを言ってしまえば
「今朝のぬか漬けはうまく浸かっているか」
と、ワクワクしながら起きるのだ。
いい大人としてこんな目覚めが、信じがたいほど幸運なことであるのは間違いない。
なんとなく鼻先では乳酸発酵がうまくいっているときの、華やかな甘い匂いが漂ってきているようでさえあり、布団を蹴立てていそいそと起きる。
朝からいきなり退屈をかこつ猫の額をなで、餌皿にカリカリをいれてやりながら、今朝のぬか床にはどんな野菜が入っていたのか、頭の中で反芻する。
「大根の2日干したのが一切れと、きゅうりと、茄子と、あと人参かな?」
毎日さほど代わり映えはしないが、漬かり具合はもちろん毎日違う。
日々の微調整の繰り返しが、今朝のぬか漬けであればこそ、漬かり具合は生活の成績表である。
酸味の尖りを取るために少し前からビオフェルミン錠を毎回入れるようになってから、また一段と味がよくなり、もはやぬか床への日々の期待はほとんど生活の中心に近いところまで来てしまっている。
美味しいぬか床、明るい未来。
ビオフェルミンは、健康のために自分が飲むという手も当然あろうが、ぬか床で培養してから野菜で摂取すれば、だいぶ菌的にお得にはなるわけで、そうなってくるともはやぬか床は私自身の外付けハードディスクとも言える。
してみればぬか床の調子さえよければ私の機嫌もよいというのも、道理が通ったことであろう。
3週間に一度ほどの足しぬかには米屋からもらってくる生糠をつかうので、防虫効果を見込んでキムチ用の韓国唐辛子を入れている。
辛味は強くないが良い香りがして、ぬか床全体がちょっと珍しい感じにオレンジに染まり、「我が家のぬか床」感がぐっと増す。
毎日の天然塩、ビオフェルミン、足し糠の際の唐辛子。
うまくいっているときは余計なことをしない。
なるほど自分の外付けハードディスクと思えば、たいへんに興味深い、ぬか床と暮らす平凡な日々である。