気象庁が積雪ゼロを言った途端に、いたるところで場所を取っていた雪の山が本当に、視界からほぼ消えた。
消えたあとからは、数ヶ月かけて雪道のあちこちに撒かれていた滑り止めの砂が現れ出てきて、急激に埃っぽい世界が生まれる。
特有の埃っぽい路肩で、ついに今年最初のクロッカスを発見した。
「そうかそうか。ついに花の季節がやってきたのか」
なんとなくコロポックル風の人影であるようにも見える蕾に、目でかすかにうなずきながら、春の気配の中を歩く。
ではうちも、そろそろ猫草を植えてもよいだろうか。
数日前からベランダに出るようになっている我が家の猫が、空っぽのプランターに首を突っ込んでは
「猫草はいつ生えてくるのか」
としきりに催促するのだ。
冬の間何ヶ月もベランダに出ていなかったのに、2つあるプランターのうちのどちらに猫草を植えてあったのかまでちゃんと覚えているのも感心するし、そんなに楽しみにしていたのならこちらも真面目に努めなければ申し訳ない。
猫が草を食べるのは、毛玉などを吐きやすくするようにするためだと俗説に言われるようだ。
まあきっと、そういうときもあるのであろうが、我が家の猫を見ている限りでは、土の匂い、太陽の匂い、風の匂いなど、季節感の情報を草を噛んで確かめているという印象の方が強い。
生活圏が部屋の中とベランダに限られているうちの猫にとって、日光で育った草はおそらくとても重要な世界に関するニュースなのだ。
「じゃあ、ちょっと待っていてごらん」
100円ショップで買ったふるいを使って去年の土の中から草の根やらなにやらを取り除き、今年用の土を作る。
すっかり硬く乾いて、新しく買い足さなければならないだろうと見えていたものが、意外にも中のほうはしっとりとしてなんとなく良さそうな土であったことにちょっと驚く。
土も、あんなに長い冬の間ぐっすり眠って時を待っていたのか。
えん麦の種をパラパラと蒔いたあとで水をたっぷりやる様子を、猫が後ろから真剣に見守っている。
芽が出てくるまでの間も楽しめるように、豆苗の根をすみっこの方におまけで植えた。
猫はさっそくプランターの中に鼻を突っ込んで、今年のサラダバーの仕込みを確認している。
「芽が出る前にカラスに掘り返されないように、ますます自宅警備に励んでくださいよ」
しばし並んで、ささやかなベランダにやってきた春の活気を眺める。
猫草はキットで売ってることが多いけど、種だけ買うと安いので草原みたいにしてあげられて楽しい。