あちこちで桜の噂を聞く時節ではあるが、今日も北国はハラリハラリ細かい雪が降った。
一時期の、歩く場所も見つけられないような路肩の雪山がすっかり消えてなくなったのはありがたいが、雪解けとは色気に欠ける灰色の季節である。
ダウンジャケットはさすがに脱いで薄いコートを着、そのかわり手編みのスヌードの中に首を暖めながら伏し目がちに歩く。
「おや、今なにか視界に黄色いものが」
見れば、すっかり埃をかぶったいじけた姿でありながらも、今年最初の花であるクロッカスが路肩の花壇に咲いている。
そうそう、いつもこの場所のクロッカスだった、最初に春を知らせるのは。
南向きの幹線道路沿いで、人通りも車通りも多い場所だ。
「きれいねえ」
とまではさすがに思わないのだけど
「そうか、よく頑張ったなあ」
とは思う。
ひとつ咲いたら、きっとどんどん咲き始める。
最初の一輪になるのは勇気がいったろう。
ずっとこたつに引きこもっていた猫も、近頃は窓辺でさかんに日向ぼっこをするようになった。
「じゃあちょっと見てくるかい」
とベランダの引き戸を開けてやると、実に数ヶ月にぶりにおっかなびっくり偵察に出ていった。
冷えた風の匂いをかぎ、ひっそりと眠っている下界の植物たちを眺め、なんとなく不安げに、あっという間に部屋に戻ってきた。
眼下の桜の木が満開になるころには、猫もベランダパトロールの習慣をすっかり思い出すのだろう。
お気に入りだった豆苗の根っこだけが残っている空っぽのプランターも、さて今年は何を植えようか。
どうせなら、また猫の好きなものを。
豪雪の冬にはずいぶん遠くに思っていた、4月がはじまる。