乗りかかった船ですから、見て参りました『東京2020オリンピック SIDE:B』
観客は私入れて六人くらい。
やっぱりSIDE:Aより見られているようである。
なかなか面白かったんです。
印象深いのはカメラをかついでインタビューしてまわる河瀨直美監督の声が優しいこと。
ちょっと前に文春オンラインで「部屋に入ってきざまにスタッフを拳で顔面パンチ」なんて記事を読んでいたのでどんな怖い人なのかと思っていたら
優しい声とテンポで人が話しはじめるのを急かさず待つような喋り方が印象に残る人でした。
優しい声だから、子供やらおばあちゃんやら、日本語があまり得意でない外国人選手やら、日常はにかんで暮らしているような立場の人たちがぽつぽつと印象に残る言葉を言ってくれる。
「ああそうか、やっぱり人の心を映像に映す才能はある人なんだろうな」
と思いながら見ました。
そうだとすればそれはそれで非常に大きな疑問がある。
映画のひとつの白眉、バッハ会長が路上で抗議活動をしていた反オリンピックを主張している女性に
「あの人と話をしたい」
と言って急に近づいていくシーンがあります。
バッハ会長は「怒鳴らないでマイクをおいて、話し合いませんか」という。
女性はマイクを持ったまま「ストップ オリンピック」というようなことばかりずっと繰り返す。
「マイクを置いて怒鳴るのをやめてくれないのならばごめんなさい、失礼します」
と言ってバッハ会長は車に乗り、去っていくところまでが映っているのです。
つねにカメラは一番近いところにいるからわかるのですが、バッハ周辺はものすごく目つきのするどいSPが影のようにぴったりと寄り添い、その他高級スーツを着たおじさんが複数人周りをとりまき、その上でカメラまでいて、公用語は英語です。
バッハ会長はその巨大な取り巻きごと、路上でデモをしている女性のところに行き、英語で「マイクをおろせ」と要求しているのです。
口調が優しいので映画の中では話し合いの提案のように見えていますが、たぶんもう少しカメラを引いてみれば、権力側が市民活動に圧力をかけに行っているの図。
本当に話し合いが目的で行って、相手を尊重しているなら、通訳だけ連れて二人で向かうでしょうし、カメラを向けていいかどうか先に許可をとって川瀬監督を呼ぶでしょう。
女性は、複数の権力者男性にいきなり囲まれ、おそらくはあまり得意でない英語で何事か迫られた結果、唯一の自分の武器であるマイクを離すこともできずに、英語のフレーズを繰り返していたのではないか、というふうに私の目には映りました。
それならば、カメラが追うべきは小池百合子に「じゃあ夕食のときにまた」と言って去っていくバッハではなく、ほとんど何も言えずに、去っていくのを呆然と見ていたであろう女性の方ではないのだろうか。
感情的でろくに話し合いもできない存在であるかのように扱われた女性は、ずいぶん傷ついただろう。
きっと本当は言いたいことがたくさんあったはずの女性に、日本語でゆっくり、あの優しげな声で「怖くなかったですか?」と話を引き出していれば、それこそはSIDE:Bになりえたのではないか。
通底のところに非常に気分の悪いなにかが絶えず流れているものの、ある部分が非常に繊細で、ある部分が非常に鈍感で、だからこそなかなか興味深い映画ではありました。
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