晴天の霹靂

上品な歩き方とかを習得できないまま人生を折り返すとは

不器用な人、毛糸屋さんへ行く

この冬は思いがけないきっかけで編み物を初め、指先の感触が幸せなのと考え事が捗るのでやめられなくなっている。

年末年始、手芸屋さんがしまってから「時間があるが編むものがない」という状況になるのが嫌で、いそいそと毛糸を買いに行った。

「ウールは高いが、編む時間を楽しむためには良いウールを触っているのが一番だ。しかし高い。うーむ」

「毛糸コーナーに見本として置いてある謎の色合いと謎のデザインのすけすけベストみたいなものはいったい誰のハートに訴求する目的で置いてあるのだろう」

などととりとめもないことを考えつつ、小さな店の中を立ったりしゃがんだり、めくったりのぞきこんだり、スマホの計算機を出したりしていると、あっという間に時がたつ。

 

いい糸を見つけたが、ほしい色の在庫がちょっと足りなさそうだった。

「すみません、この糸の5番の色はまた入ってきますか?」

と、何かピンク色のものを編んでいる店員さんに聞いてみる。

「たぶん入ってくると思いますけど。問い合わせてみますか?」

との返事。

お願いします、と答えるとすぐに電話を掛けてくれた。

この店の人は、あまり愛想がよくないのがいい。

 

「今担当者が外してるらしいので、10分後くらいになります。わかったら連絡しますか?」

とのこと。

ちょっと買い物を済ませてまた帰りによります、と言って店を出、他の用事を済ませた。

他所に挨拶代わりに持っていくビールやら何やら買っていたら思いがけずかさばる荷物になってしまい、それらを肩からぶら下げて手芸店に戻る。

 

レジに先程の店員さんがまだピンク色のものを編みながら立っているのを見つけて寄っていくと、真後ろで何かがカタンと落ちる音がする。

振り向くとすり抜けざまに何かの値札を落としてしまったようだ。

私の背中にはサンタクロースのように荷物がかさばっており、一方、店内は通路が狭い。

かがんで値札を拾い上げ(高価な木製の知育玩具だ)、元あった場所に戻して気をとりなおすと、レジにすっとお客さんがやってきてしまった。

仕方なく、知育玩具を凝視しながらじっと待つ。まったく興味がない。

 

お会計がすんで先客がいなくなり、私がレジに向かって足を踏み出すと後ろでまた何か音がする。

間の悪いことに、先程拾ったばかりの値札が再び落ちている。

やれやれ、と思いながらまたしゃがみ込むと、今度は真後ろでドンガラガッシャンと実に悲劇的な音がした。

見れば、手編みの帽子やらマフラーやらを着たマネキンが倒れている。

今や私は狭い店内にわざわざかさばる荷物を担いで入ってビールの六缶パックをぶん回し、細々したものを次々に落として回っている場違いな闖入者だ。

値札を手に持ったままオロオロしていると、あまり愛想のよくない店員さんがレジ裏から出てきてマネキンの方を助け起こしてくれる。

 

マネキンに帽子やら何やらかぶせながら

「メーカーからは数日中に発送されるようなので、うちの店には週末くらいに届くと思います」

などと、この間抜けな状況をさておいて言うべきことだけ手短に言う。

淡々としている一方で、そのマスク越しの目は

「やけに不器用な人が来ちゃったな……」

という困った表情をしている。

私はとりあえずこの場から無事に逃げ出すことで頭がいっぱいで

「じゃあその頃また買いに来ます。あっ、マネキンすいません」

などとへどもどしつつ猛烈な勢いで退散する。

退路で何も落とさなかったのはほとんど奇跡に近い。

 

とりあえず毛糸の目星と、手に入れられそうな算段は整ったが、しかし再びあの店に入る勇気があるかどうかは実に微妙なところだ。