晴天の霹靂

びっくりしました

『ハンチバック』~突然告発された衝撃

 

芥川賞受賞作である。

面白くてまったく驚いた。

ミオチュブラー・ミオパチーという、ためしに声に出してみると可愛らしい響きの筋疾患は主人公の病だが、著者も同じ病気を持つため当事者性について受賞者インタビューでも話題になった。

 

そんな小説を、てっきり私は「読む側の人間」だと思って乙に済ましていたら、まさにその「読む行為」によって突然告発され、猛烈な強さで小説世界に叩き込まれる。

あんまり迅速な手際なのでほんとにびっくりした。

 

目 が 見える こと、 本 が 持てる こと、 ページ が めくれる こと、 読書 姿勢 が 保てる こと、 書店 へ 自由 に 買い に 行ける こと、 ─ ─ 5つ の 健 常 性 を 満たす こと を 要求 する 読書 文化 の マチズモ を 憎ん で い た。 その 特権 性 に 気づか ない「 本 好き」 たち の 無知 な 傲慢 さを 憎ん で い た。

市川 沙央. ハンチバック (文春e-book) (Kindle の位置No.200-203). 文藝春秋. Kindle 版. 

 

……憎まれていた。

「読書がマチズモだなんて思ったこともなかった」などと無邪気に衝撃を受ける一方で、実は読書の特権性ってうすうす気づいているところも当然あって、だがしかし読書文化界隈はまさにそのことを言語化せずに来ている。

おそらくは、みんなうっすらとは気づいているのでこの一文はよく刺さる凶器である(そしてたぶん私もあと数年で老眼によって紙の本を憎むようになるはずだ)

 

呼吸器を使わなければ生活もままならないほど障害の重い主人公が、デイヴィッド・リンチ張りのグロテスクな欲望を持って、それを実行にうつさんと試みる。

健常者のマチズモからすればまったく意味のない悪趣味な計画に猛然と命をかけることで、部屋から出ることもままならない主人公は、不可視化される側、管理される側、規定される側から静かに力強く逸脱する。

フィクションによってのみ可能な見事な革命がひとつ成功したことに気づいたとき、とんでもねえ話なのだけど、読後感は明るい。