公園に入ったあたりの小道で、正面からやってくる白髪の女性に声をかけられた。
「神社はどっちの方ですか」
ああ、神社。ここらはもう鎮守の森の中である。
「この道を上がっていったらすぐ右手に鳥居ですよ」
ありがとうと頭を下げて女性は道を上がっていく。
暑いのでお気をつけてと見送って、さて見知らぬ神社に何をしにいくのかしら、と考える。
いつか国策で配られた小さな白いマスクをしていたようだ。
みんな持っているけれど、使っている人は珍しい。
森の妖精にでも出会ったのだろうか、と思いながら蝉しぐれの中を歩く。
坂道では、ブレーキのない自転車のハンドルにしがみついてまっしぐら落ちていく子と、青くなって後ろから追いかけるお母さん。
池の端にいつも居るのは、千利休にそっくりの帽子をかぶってラジオの音量が大きすぎる置物のようなおじいさん。
つい先ごろまで手のひらサイズだった池の鴨は、もういっぱし大人のサイズになって得意げに水を掻いている。
首の後ろに保冷剤を巻いてもらって、嬉しげに歩くこんがりしたお尻の柴犬。
ベンチに座って「何時間もラジコン背負ってきたから背中がぐっしょりだ」と電話している遠い昔の少年。
そういえば、と木漏れ日の中を歩いていて思い出した。
あの道は、すぐ二手に分かれてしまうのだ。
見た目が二つに見えるだけで、ほんのちょっと歩けばどうせすぐ合流するのだけど、木の葉が茂るこの季節では初めて来た人にはわからないだろう。
「どっちでも同じですけど、広い道の方がなだらかで歩きやすいかもしれないです」
と言っておけばよかった。
こんなクラクラする炎天下、あんなに暑そうなマスクもして、なにやら大きな紙袋も持って、ちゃんとたどり着いたろうか。
心配で、神社の前を通って戻る。
参道の向こう、鳥居の奥に目を凝らしても、人影はないようだ。
もう無事に参拝して帰ったのかしら、と思っていたら何か急激にとんぼ返りを打ちたい気持ちになってクルンと前に飛び跳ねる。
ぼわっと大きな尻尾を抱えて着地して、ああそうか私は公園に住む狸だったのだと思い出した。
ずっと、人間であった夢をみていた。
道理で、身の丈に合わないことと、悲しいことが世に少し多すぎる。
ふいにドンと花火の上がる音がして、振り向けば火薬を詰めた手製の鉄の筒を持った人がゆっくり路上に倒れていく。
たくさんの人が飛びかかってきても、何の抵抗もしないくらい絶望しているが、理性だけは手放すまいとするように、倒されてなぜかメガネをしっかりつかんだ。
空の手の平には火薬の匂い。
ずっとひとりで歯をくいしばっていたら、いつの間にか青年という歳でもなくなっていた。
どこからどこまで夢だったろう。
不思議な幻影が見えた路上に視線をやったまま考える。
白いマスクの老婦人、池の端の利休帽、自転車で遊ぶ子ら、白昼の絶望。
夏はおかしな季節である。
まったく日差しが明るすぎるので、これほど悲しい気持ちにもなるのだろうか。