電気ケトルが壊れた。
否、電気ケトルの電気ケトルたる性能にはまったく問題は生じていないのだが、利用が危険なくらい注ぎ口以外のところからお湯が漏るようになってしまった。
分解して掃除してみるも、案の定原因はパッキンの劣化であり、10年以上前の型式とあればパーツはもう手に入らない。
やかんとガスがあるんだから電気ケトルなんかいらないと思っていたものだけど、人から譲ってもらってなんとなし使い始めてみれば、極めて台所の狭い賃貸住宅にあって「お湯だけはキッチン以外の場所でわかせる」という環境はことの他便利であることに気づいた。
いつのまにやら毎日使うようになり、いざ「今日からもう使えません」となると今更ちょっと困惑する生活になっている。
電気ケトルを買い直すこともできるけれど。
毎月見るたびにうんざりする電気代の請求書を思い出して、魔法瓶にしてみたらどうなんだろう、と考える。お茶を飲むときにやかんで沸かして余ったぶんのお湯を魔法瓶に入れておけば朝一回沸かすだけで一日まかなえるかしら。思案しながらECサイトを検索していると、だんだん不思議な気持ちになってくる。
魔法瓶、魔法瓶。魔法の瓶。つまり私は魔法を買いつつあるのか。
コーヒーサーバーが壊れたカフェに魔法瓶を持った女性が現れて、機能不全だった砂漠の風景が少し幻想的に見えてくる『バグダットカフェ』という変な映画がある。
おもしろいけど何の映画なんだかわからない。
しかし思うに、いったん熱したものがなかなか冷めないというのは、「冷めたら都度温めればいいか」と思うことよりもっと魔法なのかもしれない。
そうか、魔法瓶いいね。魔法って、ちょっと久しぶりに言ったような気がする。
悩んだ末に飲食店などでよく見る形の1リットルの象印魔法瓶を買う。
砂漠の果てから魔法瓶を抱いて現れる人の夢をみたい。