なにしろ、記念すべき朝ではあった。
なんとなく気配を感じて目をさますと、布団の中、脚の触れるあたりにすべすべして温かで柔らかな物質がくったり身を委ねている。
「なぜ猫が」
猫はいつも私と一緒に寝るが、決して布団の中には入ってこない。
必ず腹の上か胸の上に香箱を組んで、寝返りを打ちたがる私を威圧しながら眠るのだ。
おそらく、5年も一緒に暮らしていて布団の中で寝るのははじめてのことだ。
夢うつつに外の様子をうかがえば、たしかに風が強く、昨日までとくらべて少し肌寒いような朝である。
「不慣れで押しつぶしたら悪いな」
と思ってそーっと脚を遠ざけると猫の方もそーっとくっついて来て、やはり寄りかかっていたがる。
「なんだよぉ。寂しいのか。うふふふふ」
などとちょっと気持ち悪い感じでいちゃいちゃ感を誇張するくらい、せっかく猫とともに暮らしていて布団の中で一緒に眠れるというのは豊かな経験だ。
布団の中でぐっと手を伸ばして、耳と耳の間のとりわけ柔らかいところの毛をかいてやったりしながらもう一度、浅い眠りに戻っていく。
二人とも幸せな朝。
しかし、ずいぶんと布団が気に入ってしまった猫は、私がおきてもまだ出てこない。
「今まで上に座るものだとばかり思ってきたけど、中に入るってのもまたオツですねえ」
とでも思っているのだろうか。
私が朝のコーヒーを飲み、身の回りを整え、朝食を食べ終わっても、布団はまだ、若干の生体反応を感じさせつつそこに敷いたままである。
最近こたつを片付けたばかりだから、急に気温が下がると心細いのだろう。
そーっと布団の中に顔を突っ込んで交渉をする。
「ホットクッションをつけたから、もう起きませんか。そろそろ布団を畳むから」
日頃から寝言の多いタイプの猫はむにゃーふにゃーなどと適当な声を出していたが、やがて、布団がもぞもぞ動いたかと思うと隙間から黒い生き物が排出された。
「どうぞどうぞ、暖かいよ」
猫のお気に入りである机の下のホットクッションへ誘導せんとすると、ちょっと不機嫌そうにそのまま部屋を出ていく。
暗くて寒い北側の部屋の方まで行って、遠くから私の方をしんねりした目つきで見ている。
「だって布団敷きっぱなしのまま一日をはじめるってわけにはいかないじゃないか!」
こちらも負けじと、わざわざ遠くのほうから部屋をまたいで物事を諭して聞かせようとする。
そういうところ、融通が効かず我を曲げないのは私も猫も似たようなもんだ。
どこでもくつろげるようにブランケットがそこらじゅうに置いてあるのだし、ホットクッションのスイッチをいれてやったりもしてるし、だいたい畳んで積み重ねた布団の上で昼寝する習慣を決めたのはそっちじゃないか。
ちらっちらっと、お互いが隣の部屋の存在を気にしながら、各々の仕事をする。
なにも気温の下がった朝にわざわざ暗くて寒い部屋で座り込みなんかしなくていいのに。
やがて重く垂れ込めた灰色の雲から、ふいに大雨が降ってくる。
鉄筋の建物に雨粒があたる音が四方八方から突然バラバラと鳴り響いた。
わー、たいへんだー。
反響する音の苦手な猫が鈴をリンリン鳴らしながら小走りにやってきて、座っていた私の膝の上にそのままストンと収まった。
「よしよし」
待っていた私は、耳と耳の間のお気に入りのパーツの毛をこりこり撫でる。
よしよし。ほんとは、なかよしなかよし。