布団の干せない季節が長い北海道では「布団乾燥機は生活必需品」、なんてことが言われたりするが、そうは言っても、贅沢の部類に入る家電だと思ってきた。
庶民たるもの、長くじっとりした冬を耐えるからこそ最初の布団干しが嬉しいのである。
……などとうそぶいている間にも、布団乾燥機は小型化してめっきり手軽になっていたらしい。
ついに我が家に布団乾燥機がやってきてしまった。
「布団乾燥機の要は、あたためである」
と、私は聞いていた。
何よりも冬の人類に感動を与えるのはダニでも乾燥でもなく「あたためモード」なのである、と。
「しかし」と聞いている私は思ったものだ。
たとえ冷たかったとしても最終的に布団の中が快適でなかった夜はないし、布団を暖かくしてから寝るなんていくらなんでも堕落がすぎるのではないか。
そもそも古来より、我々には湯たんぽというものがある。
小さいかばんくらいのサイズの乾燥機を持ってきてホースをくいっと伸ばし布団の中に差し込む。
布団が持ち上がるようにフラップを立てて送風する空間を作ったら「あたためモード」でスイッチ・オン。
20分後、人生においてはじめて「布団乾燥機であたためた布団」というものに入ると、あんまりびっくりしたのでしばらく笑いが止まらなかった。
想像していた「暖かい布団」と、全然違う!
そこは明らかに今まで踏み込んだことのないサンクチュアリ。
強いて言うなら岩盤浴の快楽というべきか。
身体の触れるところから全身じわじわ温められていく岩盤浴感に加え、布団が元来持っている包まれて守られる安心感がプラスされると、ほぼ無敵である。
「うひゃひゃひゃひゃ、ひーっ、うひゃひゃひゃひゃ」
信じがたいほど軽薄な笑い声が漏れて止まらないので、我が事とはいえちょっとドン引きした。
夜中なのに。布団が暖かいだけなのに。
肩腰が凝りがちで、寒い季節には目覚めた瞬間すでに全身がこわばっている人には症状緩和的な意味でもよかろう。
それに加え、温度がゆっくり下がっていくのに合わせて、すーっと眠りに引き込まれていく感覚がすごいのだ。
騙されたように寝入りがよろしい。
私は寝付きに困ることがかなり少ないタイプなので説得力が今ひとつとは思うが、それにしても、暖かさが引いていくのと同時に気絶みたいに脳の活動スイッチが切れる快楽は、他ではなかなか経験できない境地である。
昼間の緊張が続いて夜の寝付きが良くない人も、この「一旦全身ぐにゃぐにゃにリラックスさせられてからの、引き込まれるような入眠」というのはきっと試してみる価値がある。
「そうは言っても電気代じゃん。これがないと眠れない身体にでもなったら今後の人生が困るじゃん」
と、まだ往生際の悪いことを思っているので計算してみた。
おなじみの計算式。
「1時間あたりの消費電力(kW)×使用時間(時間)×料金単価(円/kWh)」
で温めモード(20分)の電気代を計算。
「0.56(kW)×0.33(時間)×27(円/kWh)」=4.99円
一回使って5円弱、毎日使うと月に150円。
一回5円とわかっていれば、特に寒い日とか、イライラして寝付ける気がしない日とか、特に肩コリがひどいときにだけ使うにも気楽。
ちなみに私が冬場に愛用しているレンジで3分温める湯たんぽは一回温めると
「0.5(kW)×0.05(時間)×27(円/kWh)」で0.7円くらいだった。
ちゃんと計算したことなかったけど比べるとやっぱり安いな(しかし冷めやすいので寒い日はこれひとつでは足りない)。
押入れの、布団の脇にちょっと入れておけるくらい小さいし、部屋のどこにでも持っていけるくらい軽いし、毎日の設置も撤収も苦にならないくらい簡単だし、非の打ち所がないではないか。
「こんな贅沢なものを本当に使ってよいのかしら」
という戸惑いが消えないことの他には困った点は何もない、と思っていたらひとつ意外なことに気づいた。
朝方、いつものように退屈した猫が仰向けに寝ている飼い主の腹の上に乗って圧迫覚醒を試みるためにやってくる。
まだ寝ていたい飼い主は猫を適当に撫で回してゴロゴロ言わせておけばあと30分くらいは惰眠を貪れると思い、ねぼけ眼のまま布団から手を出して猫の頭をさぐる。
「ヒッ」
と二人とも飛び上がる。
最近、なにゆえに朝方の猫がむやみに帯電してるんだ、と考えたら布団が調子よく乾燥してるせいであった。
アクリル毛布とか使ってる人は気をつけないと、猫が静電気で武器化する。