晴天の霹靂

びっくりしました

雪柳、黒猫、7年間なかなか寝ないマン

隣家に立派な桜の木があり、連休の訪れとともに今年も見事に咲いたものが、またたく間に終わってしまった。

「咲くも散るもあっという間だな」

と思って見下ろすと、今日は桜の隣に目も疑うほどの雪柳が花盛りになっている。

そうだった。桜の隣のあの目立たない細木は雪柳。

毎年、その突然の目覚めと惜しみない小花の雪崩れ方に驚嘆されるばかりで見慣れることがない。

なぜ、いつのまに、いかにして。あんなにいっぺんに見事に咲けるのか。

 

もう咲き終わった桜の大木と、その隣で光の粒をちりばめるように満開の雪柳の下で、一家が出てきて家庭菜園の手入れをはじめる。

のどかな日を浴びながら鍬をふるい、肥料をまき、畝の端の方にいくらかの苗を植えたようだ。枝豆だろうか。

 

花盛りの世界を見下ろしながら、気分も良いので久しぶりにプルーストなど開いてみる。

Kindleの履歴を見るに、なんと買ったのは7年も前のことではないか。

可哀想に主人公は7年たってもまだ眠れずに、輾転反側しながら頭に浮かんだことを端から全部説明して夜をやり過ごそうとしている。

寝付きの悪い人にとっての夜は長いだろう。

なかなか寝ないマンの話の長さは7年前のままだが、久しぶりに開いて今さら気づいたことがある。

巻頭にある「訳者前口上」が素晴らしいのだ。

 

まずはプルーストなんか全部読んでもちっとも偉くないから、吹聴せずに黙って読め、と書いてある(えへ)。

そして1913年の読者、パリの書店でふと手にとって立ち読みし、それから3フラン50サンチームを払って家に持ち帰ったあの頃の読者のように、こんなに長い小説なのだとは知りもせず、意識の流れとか無意識的記憶とかも知りもせず、ただプルーストの世界に惹かれてふらふらと買った読者のように、親しんでほしいと書いてある。

圧倒的な「好き」を持つ人だけが語れる簡潔なワクワクの描写に、すれ違いざまおもちゃ箱を渡されたような気持ちが伝染する。

 

長い 間、 私 は まだ 早い 時間 から 床 に 就い た。 ときどき、 蠟燭 が 消え た か 消え ぬ うち に「 ああ これ で 眠る ん だ」 と 思う 間もなく 急 に 瞼 が ふさがっ て しまう こと も あっ た。 そして、 半時 も する と 今度 は、 眠ら なけれ ば という 考え が 私 の 目 を 覚まさ せる。 私 は まだ 手 に 持っ て いる と 思っ て い た 書物 を 置き、 蠟燭 を 吹き 消そ う と する。

 

プルースト. 失われた時を求めて 1~第一篇「スワン家のほうへI」~ (光文社古典新訳文庫) (Kindle の位置No.147-150).  . Kindle 版. 

 

ピーピーピー、と浴室の方から洗濯機が止まった電子音。

「洗濯終わったから干したほうがいいよ」と猫が呼びにきた。

濡れたものをピンチハンガーにかける間、彼女は私にむかって熱心に話しかけて部屋のあちこちに連れていこうとしたり、お腹が空いたふりをしておやつの鰹節をちょっとせしめたり、ひとしきり私にかまって遊ぶのだ。

やれやれこの調子だと、なかなか寝ないマンが寝付く前に雪柳さえも散ってしまうかもしれないよ、と思ってニヤニヤしながら猫に呼ばれていく。

意識と文脈が初夏の風に乗ってまた四方に運ばれたようだ。