晴天の霹靂

上品な歩き方とかを習得できないまま人生を折り返すとは

今日も働く君の背中に秋の風

めっきり秋らしい気候になって、夏の間ほとんど開けっ放しだった窓も一日中閉めておくようになった。

私が窓の横の机に向かっていると、猫がやってきてぐんと背中を伸ばして前足を桟にのせ、背伸びする子供みたいな格好で腰高窓を覗きこむ。

 

「行くの?今日寒いからやめたら?」

と扁平な後頭部に向かって声をかけるが、離れる様子がないので、仕方なく猫一匹分ほど開けてやる。

軽々と桟に飛び乗って、それからベランダへ降りていく後ろ姿に

「早く帰っておいでよー」

と声をかけるのは、心配してるのでもあるが、猫が帰ってくるまで窓を閉めるわけにはいかないので自分が寒い、という意味でもある。

 

彼女はだいたいのところ、ベランダの手すりの隙間から身を乗り出して真下にある申し訳程度の公園を見下ろしている。

ほとんどいつも人のいない単調な公園であるが、猫の目には刻々と変わる情報の集積なのだろう。

気温や湿度も、飛び交う鳥も、空気の匂いも、木の葉の色も、毎日毎秒違うことをちゃんと識別できていて、それらは安心して暮らすために日々更新して常に整理しておかねばならぬ情報であるに違いない。

 

だから彼女は寒くなっても毎日仕事へでかけ、狭く切り取られた自然の中からよりすぐりの情報を持って帰ってくる。

「まろちゃん、寒いー」

声をかけつつ窓から頭をひょいと出してみれば、定位置に座り込んでまだ熱心に下を見下ろしている。

 

仕方ないのでパーカーを羽織って肌寒いのを我慢していると、やがて

「んにゃっ」

といういつもの掛け声とともに、背中をひんやりさせた黒猫が飛び込んできてまっしぐら膝に乗る。

「おう、おかえり。今日はどうだった?」

ゴロゴロゴロゴロ……と、ずいぶん長い丁寧な報告を、彼女は始める。

そうかそうか、今日もいい感じだったか。

猫のブリーフィングを聞きながら、冷えた毛並みをせっせとなでる。

今日もいい仕事ができてよかったねえ。それを聞いて私は君のことが誇らしい。

ゴロゴロゴロゴロ。

そうか、それはすごいな……ところでこれ、何月まで続けるの?

 

先のことばかり心配する仕組みの大脳を持つ人間をよそに、今日一日分の安心安全にすっかり満足した猫は、報告の途中でぐっすり眠りこんでしまった。

眠る猫を膝に載せたまま、知らぬ素振りの地球がまた冬の方に傾いていく。