晴天の霹靂

びっくりしました

『最後の決闘裁判』~その顔を見てなにか気づくことはないのか

リドリー・スコット最新作『最後の決闘裁判』を見てきました。

基本的にはものすごい胸糞悪い系であるにも関わらず、非常に面白い。


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中世フランスで実際に行われた最後の決闘裁判を、黒澤明の『羅生門』方式で、証人3人の3視点からそれぞれ語る方式で再構成した映画です。

起こった事件は、人妻の強姦事件なのではありますが、封建時代のこと、女性の人権について争うという発想はもともと誰にもないわけです。

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マット・デイモン(夫)が自分の財産(妻)を毀損されたと訴え、加害者アダム・ドライバー(夫の旧友)は「彼女も喜んでたから別に毀損じゃないじゃん?」と反論。

法廷に呼び出された被害者はえらそうなおじさんたちから延々と

「で、あんた喜んだの?」

と侮蔑的で頓珍漢なことを聞かれ続けるという胸糞悪い映画なわけでありますが、脚本家と監督が、その胸糞悪さをわかったうえで現代人の視線に耐えうるエンタテインメント作品として仕上げようと腹をくくったのが見てとれて、「うーむ、そうきたか」とうなります。

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映画は、男の名誉がぶつかりあうかっこいい決闘シーンから始まるわけです。

中世の、騎士道の儀式とか服装とか小道具とかって元来が「男の沽券」をかっこよく見せるための巨大装置でありますから、その一番のクライマックスである決闘なんか、それはかっこいい。

馬上の二人が距離をつめてきてぶつかりあう槍と槍。カキーン

さて、この二人はここにくるまで何があって、どちらが勝ったのでしょうか、っていうつかみ。

「うーん、私はアダム・ドライバーが勝ったほうがいいかな。あのスターウォーズ新三部作でさえアダム・ドライバーだけは良かったくらいの功労者だし」

というくらいのゆるいテンションで見はじめるわけです。

 

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マット・デイモンの視点。不器用な世渡り下手で出世には恵まれないが、美しい妻と支え合って生きる忠誠心と武勇に秀でた騎士。

旧友によって損なわれた妻の平安と名誉のために自分の生命をなげうって立ち上がる良き夫でもある。

「ふむふむ。なるほど、そういう事件なのね」

 

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アダム・ドライバーの視点。家柄が低いので自身の美貌と才覚と知性だけで出世してきた切れ者。出世コースから外れた旧友から妬まれたりもしたけれど、ちょっとぐらいの誤解は水に流す心の広さ。

女性にはよくモテるので、マット・デイモンの美人の妻と会ったときもすぐ恋に落ちた、と。

「あー、こういう人いるいる。どんなに小さい山でも猿山のボスになってしまうとヒャッハーになりがちなの、わかるわかる。バイト女子高生にモテる店長タイプ」

 

 

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からの、明かされる妻(被害者)の真実です。

妻の視点で一連の事件を振り返って迫力がすごいのがなによりも女性たちの顔です。

それぞれ男性が思い出したときの「女性陣」って、いつも優しく微笑んでそばに控えていてくれる存在なんですが、妻視点で再生されると要所要所で露骨にドン引きした表情で男性陣を見ています。

あれだけドン引きされてても男性視点で振り返ると「そばに佇んで微笑んでいた妻」として記憶されてるのを可視化して再現できるのって、なるほどこれは映画の力のすごさ、と思いました。

うっかり夫婦でこの映画見に来ちゃった人たちとか、映画館の暗がりで頭抱えないだろうか。

 

「ヨーイドン」のところまでは勇ましい決闘も、ひとたび馬から落ちたあとは体中に金属のおもりをつけてジタバタしてるだけの謎の人だし、見て盛り上がっている人たちはどっちが勝つかは別に興味もないし、という地獄絵図なのでありました。

辛くも妻は生き延びて、威張ってるだけで役に立たない男どもは居なくなり、夫が火の車にしていた領地をまっとうに経営して無事子供育てあげました、ってのは胸糞悪いシステムの中でちゃんと自分なりの戦い方を勝ち抜いたというささやかな報告でもあり、あのエピローグがあって本当によかったなあ、と思います。

 

最初かっこよく登場したアダム・ドライバーの顔がどんどん単に気持ち悪い人に見えていく様子とか、本当に役者は素晴らしかったです。

中世の時代設定の中で一人だけあまりにも現代的な自意識を持っている妻が、存在として不自然ではあるんですが、ジョディ・カマーがそれこそちょっと不自然なレベルの美しさで撮られていることによって、まあこれはこういう意図なんだろうと納得できるところでもあって、現代人と中世人の橋渡しとして素晴らしい機能を担ってくれたんじゃないかと思う。

いい映画みた。

 

 

 

原作のノンフィクション。どうやら面白いらしいのでたぶん読む。

 

 

原作の「藪の中」より面白くなってるところはすごいよなあと思うものの、明らかに女性のキャラクター造形が変だった感は否めない『羅生門