晴天の霹靂

びっくりしました

雪庇からはじまる伝言ゲーム

屋根から雪がせり出している状態のことを「雪庇」という。

ゆきびさし、と読むほうが雅に聞こえる気がするが、せっぴ、と読むそうだ。

積雪の多かったこの冬は、我が家でも見たこともないほど大きな雪の塊が建物側に弧を描いてせり出していた。

窓にでもぶつかれば厄介なことになる、と心配していた矢先、それは地震くらいの地鳴りを立てて落下し、ベランダに飛び込んできた大きな氷の塊で空き缶を入れておくためのプラスティック容器を破壊した。

割れたのが窓じゃなくてよかった、とずいぶん胸をなでおろしたものだ。

 

「お隣の○号室から連絡がありまして、屋根からの落雪でベランダの板が割れたということです。尽きましては明日の午前中工事を行いますがご在宅ですか」

という、要領を得ない電話が数日後、管理会社から突然かかってきた。

我が家の管理会社はいつでも要領を得ないのだが、それは電話を掛けてきている本人がほぼ事態を把握しないままこちらに伝言ゲームを試みるからで、不思議なことにどの担当者さんにあたってもみんなそういう方針なのだ。

何が起こってるのかよくわからないまま電話を掛けさせられることに対しては本当に同情するが、掛けられる方もいつも困惑する。

あまりにも何の話だかわからないので

「だいじょうぶですけど」

などとぼんやり返事をしているうちに

「それではよろしくお願いします」

と言って切られてしまった。

 

切れた電話をじっと見つめて考える。

隣のベランダで何か壊れたこととうちに何の関係があるのか?

明日の午前になれば判明するのだからいいような気もするが、なんだかわからないことのために半日落ち着かない気持ちにさせられるのも嫌だ。

ちょっと馬鹿みたいだと思いつつも、「うちで何をするんですか?」と聞くためにすぐに掛け直した。

「落雪で隣のベランダの板が壊れたようなのでその工事をしたいのです」

「今ベランダを見て来た限りでは何も壊れていないようなんですが、うちで何をするんですか」

「ああ、そうなんですねえ(嘆息)」

「……?」

「明日の午前はご在宅可能でしょうか」

「……はい」

「よろしくお願いいたします。それでは失礼します」

ということで、また先程と同じ内容で終わってしまった。

えっ。今の会話、私に何か問題あった?

 

朝、明るくなってからベランダに出てよく観察すると、たしかに隣との境の仕切り板にヒビが入っている。

こちらから見ればあまり気づかない程度だが、隣から見るともしかしたら大きめのヒビなのかもしれず、これを交換するとなれば我が家にも声を掛けないわけにはいかないだろう。

工事前に業者さんが来て「仕切りを替えるので何か落ちたりしたら立ち入らせてもらうかもしれません」と声をかけてくれた。

それからトンカントンカンにぎやかに1時間半ほど。

こんな寒い中大変そうだなあ、と思っていたら

「終わりました、お騒がせしました」

とまた声をかけてくれて、ベランダはいつもどおり静かになった。

つっかけ履いて出て見れば、見慣れた仕切りはピカピカの新品に変わっている。

 

子どものころから集合住宅に住むことが多かったので

「非常時はここを破って隣戸へ避難してください」

と目立つように書いてある仕切り板はずいぶんと馴染み深い光景で、こんなもの本当に破れるもんなんだろうか、疑問に思いながら成長してきた。

なるほど、思い切りぶつかれば本当に破れるんだなあ、ということを今始めて目撃してなかなか感慨深いものがある。

非常時は雪庇くらいの勢いでぶち当たればよいのだ。わりと大変だな。

今後は毎年こんな量の積雪になるのであれば、賃貸住まいとはいえ窓囲いの道具くらいは自分で用意せねばならぬようになるのかもしれない。

長年雪国に暮らしてはいるが、窓囲いのやりかたなぞ全然知らずにやって来たことを思えば、気候もずいぶん変わってきているのだ。