晴天の霹靂

びっくりしました

『高丘親王航海記』~最後にすごい夢を見る人は絶対エライ

私は、結構楽しい夢を見る。

昨今のストレス社会では「夢なんかほとんど見ないし見れば悪い夢ばかり」という人の方が圧倒的に多いようで、

「今日も楽しい夢見たから、起きたら少し笑ってたんだよね」

なんて人前で言おうものなら馬鹿だと思われること請け合い、はばかられるところだ。

 

実は今日もいい夢を見ちゃったんである。

昨晩寝るときに何を聞こうかと探していたら、いとうせいこうポッドキャストがあるのを発見したのだ。

聞けばなかなか硬派な政権批判の鼎談で、「空虚な政権が終わったと思ったら、より巨大な空虚が絶大な支持率とともに爆誕」みたいな話をしていた。

うんうんふむふむ大変なことであるな、しかしやっぱりいとうせいこうは話の整理がうまいな、と思いながらいつか寝入った。

 

そしたら見たのが、いとうせいこうから「告られる夢」だ。

挙句、手をつないで歩いたりして

「あらやだ、意外と往来で手とかつないじゃうタイプっ?」

などとうっかりニヤついていたら目が覚めた。

話の内容を真面目に聞いていたら、世がだんだん独裁政権化してきて暗黒世界の訪れる悪夢でも見てうなされそうなところを、どこをどう頭が半ドアだと夢の中でいとうせいこうと手をつなぐのか。

 

ラジオやら落語やら朗読やら、人の声を聞きながら寝る習慣のある私にとっては「この人、話おもしろいな」と思った人の夢を見るというのは実は定番パターンで、ちょっと面白いとすぐ告られる仕組みになっている。

しかも手をつないでニヤけて目ざめるところまでがテンプレートである。

中学生レベルではあるが、目覚めを楽しくするという無敵のポテンシャルゆえに、この種の夢を見る能力を我ながら高く買っている。

そして人類は「いい夢を見る」という評価軸をもっとしっかり持つべきじゃないのか、と内心ひそかに思ってもいる。

  

その点、『高丘親王航海記』はたまらない。

高丘親王航海記 (文春文庫)

高丘親王航海記 (文春文庫)

  • 作者:澁澤 龍彦
  • 発売日: 1990/10/09
  • メディア: 文庫
 

 

「とき に、 おまえ は よく 夢 を 見る ほう かな。」   なん の こと か 分ら なかっ た が、 幼時 から 夢 を 見る こと にかけて は 堪能 だ という 自信 が あっ た から、 親王 は 躊躇 する こと なく、 「夢 は よく 見る ほう です。」   すると 太守 は ぱっと 顔 を かがやか せ て、 「ほう。 それ は いい。 どの くらい よく 見る。」 「ほとんど 見 ない 夜 は ない と いっ ても いい くらい です。」 「ふむ。 それ は ますます いい。 ところで、 夢にも よい 夢 と わるい 夢 とが ある が、 おまえ は どちら を 多く 見る かな。」 「わるい 夢 は とんと 見 た こと が あり ませ ぬ。 わたし が 見る 夢 と いえ ば、 まず よい 夢 ばかり です。」   この ことば を 聞く と、 太守 は いまにも 涙 を こぼさ ん ばかりに 感動 し て、 「おお、 おお、 それ は 奇特 な こと じゃ。 ありがたい こと じゃ。 これ まで 辛抱 づよく 待っ て い た 甲斐 が あっ た という もの じゃ。 この 国 は 南国 で 陽ざし が つよい ため、 夜 まで 日光 の 残滓 が ひと びとのあたまを 攪乱 する のか、 夢 を 見る こと に 妙 を え た 人間 が 極端 に 少ない の じゃ。 おまえ の よう な 人間 は 万人 に ひとり も い ない の じゃ。 一生 に 一度 しか 夢 を 見 ず、 夢 という もの の 効能 も 知ら ず に 死ん で ゆく 人間 が、 この 国 には ざら に いる の じゃ。

澁澤 龍彦. 高丘親王航海記 (文春文庫) (Kindle の位置No.991-1002). 文藝春秋. Kindle 版.

 

喉頭癌に伏した病床で書かれ、手術により声を失い、刊行を見ずして他界したという澁澤龍彦最後の小説である。

『真珠』という章では美しい真珠を人に取られまいと飲み込んでしまったために声が出なくなりこれが原因で自分は近く命を落とすのだな、と悟る。

さて自分は天竺へ行くことこそが夢だが、死が先か天竺に着くのが先か、それとも死ぬところが天竺なのか、だんだん重くなる病を得てなお幻想的な旅は続くのだ。

ここまで自由な末期がんの患い方は、普段からよほどいい夢の訓練を積んでる人にしかできないだろう。

 

わたしなど「オモロイ人と手をつなぐ」というパターン以外の夢をとんと見ないが、それで身の丈相応、大変なご自慢である。

人には器の大きさというものがあって、大きな器にだけ大きな物語が入るのだなということが、一ページごとにしみじみと感じ取れる。

 

仰天するほど素晴らしい死出の旅を行けるってのは、人類がもちうる最強の能力かもしれない。

夢を見る力を、みんなもう少し大事にした方がいいんじゃないか。

 

寝て「オモロイ人と手をつなぐ夢」を見て、起きて『高丘親王航海記』を読む。

そんなご機嫌な秋である。

 

  

高丘親王航海記 I (ビームコミックス)

高丘親王航海記 I (ビームコミックス)

 

 古い本なのに近頃やけによく見かけると思っていたら、最近近藤ようこさんのコミカライズが出たせいのようでした。

こちらも大変素晴らしい。2巻まで出てまだ未完結、続きが楽しみに待たれます。

  

高丘親王航海記 (文春文庫)

高丘親王航海記 (文春文庫)

 

 再販になった原作小説。元のあっさりした装丁に見慣れているのでこの絢爛豪華なカバーがなんか気恥ずかしく見える。