晴天の霹靂

びっくりしました

柾屋根、トタン、瓦屋根

「北海道開拓の村」という野外博物館にある渡辺商店という建築物は、父が子供の頃教科書などを買いに行った雑貨店だという。

開拓の村 渡辺商店

北海道開拓の村

 

「壁は白いし瓦が珍しくて、立派だなあ、と思って見ていた」と父はいう。

言われてみれば北海道では、どの時代をとってみても漆喰壁と瓦屋根など極端に珍しいはずだ。

雪の多い地域で重い瓦など屋根にのせれば、大雪の日に建物ごと潰れないかヒヤヒヤさせられるだろうし、氷点下20度にもなるような環境では漆喰もあっというまにひび割れそうである。

どれほどの手間暇財力と痩せ我慢をかけて維持した建物であったか想像すれば、教科書を買いに来る町内の小学生を無言で威圧するくらいの押し出しがあったのもうなずける。

 

瓦の普及しなかった北海道の屋根がどうなっていたのか聞けば「トタンが出てくるまではまさ屋根」だという。

「まさ屋根って何」

「まさ屋根。知らんかぁ。お前、モノシリなのに柾屋根知らんか」

こちらは40半ばにして不意に「物知り」呼ばわりされたことに危うく受け身を取りそこねた。

「物知り」は口が達者で聞きかじりの知識をひけらかしたがるタイプの幼稚園児などに、周囲の大人が持て余し気味に言うごく一般的なお愛想だ。親ってその程度のことでも「ひょっとしてうちの子は賢いのではないか」という希望を半世紀近く諦めきれなくなるものか。それは申し訳かった。

 

しかし父は物知りならざる娘のために柾屋根について熱弁してくれる。

「木の板をすごく薄く切ってちょっとずつずらして重ねていく。全体としては5,6枚分の厚みになるように」

「木の屋根?雪で腐らない?」

「だから数年おきに職人さんが来て葺き替える。釘いっぱい口に含んでこうやって……」

父は口に含んだ釘をモゴモゴやって一本ずつ出す様子を再現した。はあはあ、口から釘を出す大工さんは私も見たことありますよと思ったが、どういうわけか父はやたら熱心に「口から釘を出す大工の物真似」をやめない。

口をモゴモゴし続ける老人と、それを見せられる娘。なんだこれ。

 

今でも物を作ったり直したりすること全般に好奇心の強い父のこと、きっと定期的に来ていた職人さんのその仕草がとりわけ不思議でかっこよく、家の前に出て飽かず眺めたのではないか、と呆然と見つつ私は思う。

それから父は丸太をどう切り出せば柾目と板目の材木が取れるのかをペンをとって図解で説明した。柾がどれほど”いいところ”なのか。

「ある時からトタン屋根に変わって葺き替えもいらなくなった。あれはいいな、丈夫だし雪が勝手に落ちるから」

 

父はそう言うが、町内の屋根がいっせいにトタン屋根に変わった時期、たくさんいたであろうそのかっこいい職人さんたちはどこへ行ったのか。

知った上であらためて見ればたしかに柾屋根も多い「開拓の村」の古い建築物はずいぶんダイナミックに雨漏りしているものもある。きっと直せる人の数は少なく、維持だけで膨大なコストのかかる古い建物郡の修理の予算は少ないのであろう。

 

時の流れとともに失われてしまうものは多くあるが、当然と思っていた日常風景の中で少年の心を捉えたまま何十年と離さないほど見事な手さばきだったのだとすれば、それは見てみたかったな。

 

 

www.kaitaku.or.jp

最近は『ゴールデンカムイ』の舞台、ロケ地として人気が出てきている模様。