ショッピングモールの2階の、漫画と雑誌しかおいてないような小さい本屋さんに、今の日本で一番囁かれているであろう例のフレーズを冠した本を見かけました。
ふだん岩波文庫なんか一冊もない本屋さんなんですが、この機に乗じて売れそうな数だけ入れたのでありましょう。
ラスト2冊だったので「じゃあ、まあ。そういうことなら」と買ってきた。
軍国主義の影響下に出版で検閲の始まりつつあった中を、子供向けならまだ書けるというので立ち上げたレーベルらしく、読み解きの余地を多分に残しているおもしろさがありました。
その一方で、読み間違いようがないくらいしっかりマルクス主義なのはびっくりした。
コペルニクスとかニュートンとかと同じくらいマルクス経済学も普通の基礎的な社会科学だったというのはよく聞く話ではあるけれどこういうふうに読むと「ほんとだったのかっ!」と新鮮。
また大学を出てなんとなくフラフラしてるインテリ暇人おじさんが出てくるのが良くてね。
15歳の主人公コペル君と散歩したりキャッチボールしたり、まあ遊んでるんだけど学士様だからどうやら尊敬はされているのが、今の価値観を持ってよむといかがわしくて本当に面白い。
エリート中学に通うコペル君のクラスに一人だけ貧しい豆腐屋の息子がいて、その子が貧乏くさい振る舞い故にいじめられる事件が本のテーマのひとつにもなるんです。
それに対しておじさんは、豆腐屋の息子君は家業を手伝っていて立派である、という話をします。
金持ちのボンたるコペルくんは単なる消費者だが、豆腐屋くんは生産者であるから豆腐屋くんの方がエライ、と。
卑近な事象を社会学的に捉えんとする立派な話だと思いつつも、80年後の読者たる私なんぞは、そういうこと言ってるおじさんがまたニートなのがどうにもちょっとおもしろくていいんです。
時代を経て色々と価値観がコペルニクスしてるからこそ、新鮮なところ。
(そしてみんなこのくらいふわっとでもいいからマル経の基礎を読み継いでいれば未来人たる我々もあの時竹中平蔵になぞ騙されなかったのかなと思うと切ない)
それに比べると反戦思想の方はもう少し几帳面に隠されてもいます。
ナポレオンの勇ましさにあこがれて少年たちをオルグする美少女と、「その英雄的精神をもって何をなしたのかを見なさいよ」と当時の知識人として精一杯良心的なことを言うおじさんの間で揺れ動く思春期コペル君、という展開はタイトルの硬さからすると奇妙なくらい胸熱展開です。
また、日本の軍人でなくてヨーロッパの英雄を出してくるあたりがインテリ少女感濃厚でおしゃれかわいい。
一方話題のジブリアニメの話もちょっと。
タイトルを借りてるだけでストーリーは関係ないということなんですが、大事な小道具としてこの小説は出てきます。
早逝したお母さんが未来の息子に読ませようと、大切に銘まで入れてアンデルセン童話集やら何やらのいろんな児童向けの本と一緒に息子の部屋に隠してあるのです。
興味深いのは主人公たるその息子(推定ハヤオ)の家は軍事工場で、戦争景気でうなるほど金がある。
そして社長たる父親はほとんど漫画みたいな資本家で「転校初日だからダットサンで乗り付けてビビらせるぞ」とか「なに、いじめられたのか。札びらで顔叩いてくるかっら名前言え」とか、良かれと思ってドン引き発言を繰り出すコミュ障権力者です。
そんな家に嫁いでしまって「あれ、このひとヤバんじゃないか」と思ったのかこっそり『君たちはどう生きるか』を残した母の気持ちとか、残されたその本を読んで「やっぱり父と母は全然考えてることちがったよなあ」と夫婦事情にうっすら気づいてしまったであろう思春期の息子の気持ちとか。
色々ゾワゾワ気になることは出てくるのでありました。