猫が騒ぐのである。
元来が夜に向いた生き物であるからして夜うるさいのはいつものことながら、それでもいつもの「元気タイム」のはしゃぎ方にちょっと念が入ってくる。
まだまだ、寒さの底とはいえ少しずつ日が伸びてきて昼間の気温も上がってきているのが猫にももちろん分かるのだ。
家猫ゆえ人間の都合で申し訳なくも幼児期にとどまってもらってはいるが、本来なら猫にとっては日が長くなれば、やってくるのは恋の季節だ。
幼いまま暮らしている彼女にとっても、春が近づくごとに一輪咲きの花のように小さな思春期が来るものなのかもしれない。
「ちょっと来てごらーん」
「いいからいいから、ちょっと来てごらーん」
と、一生懸命に飼い主をどこかへ誘う。
どこに誘われたって、ようするにそこは全部私の家であってどこに何があるのか君より把握しているはずであるが、真剣な誘いをお断りするのも申し訳ないのでついていってみる。
「このバカみたいにぶ厚い星新一のショートショート1001が首をこすりつけるのにちょうど具合のいい高さだからやってみてごらーん」
という貴重な報告であった。
「おお、そうかそうか本当だ、すごいの見つけたねえ。ちなみに君、その本、今アマゾンで三万円超えてるからね。よしよし」
朗らかにごまかしながらそっと猫から遠ざける。
一方そのころ、人間は。
春が近づくと、少しだけフレグランスに興味が湧く季節がくる。
夏になってしまえば、デオドランドの季節だからむしろ匂いのするものはあまり使わないし、
冬は厚着をしているからボディソープあたりが気に入ったものであれば匂いに対する欲求は満たされる。
「今日は、昨日より一枚羽織るもの少なくて大丈夫だな」
という日がぼつぼつ出てくるようになった時期にだけ、なにか花か植物の匂いのするものを肌に近いところに少し足したくなる。
毎年毎年春先に、いきなりふっと起こる欲求なのだ。
猫と同じで、春は小さな思春期なのか。
スプリングブーケとかいう、ほんのうっすらの香水を買って、何か少し気恥ずかしい想いをする。