晴天の霹靂

びっくりしました

『ジャクソンひとり』~世界を拡張する言葉

第168回芥川賞が決まったときに、つらつらと候補作などを見ていて、受賞作はさておき(それもきっと面白いに違いないからいずれ読もうとは思ったが)、さしあたってなんだかやけに気になったのが『ジャクソンひとり』だった。

タイトルも装丁も、もうそこにあるだけで膨大な物語が連想されるではないか。

新刊で高かったので迷ったんだけど、どうにも気になったので買ってみた。

実際読んでる間ずっと楽しくて、閉塞感とか圧倒的な無力感とかはもちろんあるんだけど孤独なジャクソンたちがむき出しの世界の中を手探りで生活する様子はやっぱり楽しくて

「そうそう、私は怒りや不快感に関するちゃんとした語彙を獲得したくて小説などを読んでいるのであったなあ」

ということをしみじみ思い出していた。

 

「ううん、 飽き た。 そろそろ 帰る」 「君 は 怒る のが 下手 だ ね」 「本当に 怒っ て ない よ。 お前 の 声 が 不快 なだけ」 「酒 や けし てる から?   黒人 っぽく て 気に入っ て ん だ けど な」 「その 言葉 が」 イブキ は 偏頭痛 が 起き た みたい に 右手 を 頭 に かざし た。 「当事者 じゃ ない 奴 が 言う『 黒人』 って 言葉 が、 俺 たち に どう 聞こえ てる か 知り たい?」 「うん、 興味深い」 「なん かね、 すっごい 濁点 が 多く 聞こえる の。 耳 に すっごい 障る ん だ よね」

安堂ホセ. ジャクソンひとり (p.101). 河出書房新社. Kindle 版. 

 

絡まり過ぎていていちいち相手に何がどう不快なのか説明する気にもなれないような不快感に対して「なんかすっごい濁点が多く聞こえる」とういう表現力は、ちょっと言い足りてないようでいて、生々しさとスピード感は使い古された言語表現の先にある。

こういう言葉は、小説の中にしか落ちていないように思う。

 

世界は常に言葉より先にあるのだから、もっと新しい小説もたくさん読まないとなあ、「百年前の版権切れた本ばかり読んで嬉々としてる場合でもないんだよな」というようなことをつくづく思った一冊だった。

芥川賞直木賞とかって、発表前に候補作を全部読めるムック本みたいなものを販売してくれるわけにはいかないんだろうかね。

普通にアカデミー賞みたいに楽しみたいんだけど、全部読む予算はなかなかない。

 

 

 

 

ちなみに軽いタッチのユーモアの多い文章の中でも、しれっと『君の名は。』が出てきたシーンがすごくおかしかった。

今週 の ロードショー は アニメ で、 男子 高 生 と 女子 高 生 の 体 が 入れ替わる 映画 だっ た。 「なに が『 入れ替わっ てる う ~?』 だ よ」   残っ た ピザ を 口 に 運び ながら エックス が 悪態 を つき、 笑い を 誘っ た。 「こいつ ら 別 に、 髪 と 制服 とっ たら そもそも 同じ 顔 じゃん。

安堂ホセ. ジャクソンひとり (p.42). 河出書房新社. Kindle 版. 

 

そうそうそうそう、それそれ。

あの国民的アニメ作家の無意識の鈍感さみたいなもの、それだよ私もずっと気になってたやつ!

……と、一緒に心のピザを食べつつ思った。いいね、ジャクソン。