半身をベランダに乗り出して後ろ足は部屋の中に残したまま、猫がじっと迷っている。
なにしろ何ヶ月もこたつの中で暮らしていたので、寒さというものに慣れていないのだ。
「肌寒いも気持ち良さのうちなのだから思い切って行って来たらいいのに」
と部屋にいつまでも残ってる猫の尻を見ながら思う。
風呂掃除をしようと思い立って靴下を片方脱いだところで世界情勢が気になってニュースを読み始める自分の姿に似ている。
微力な人間なので、私が靴下を脱ぐか履くかし終わってから落ち着いて情報を得ても世界は全然変わらないというのに。
「だから、出るか入るかしてから考えても春は来るのだよ」
そういっても、猫はまだ温かさの中にまどろむことも、風の匂いに好奇心駆られることも、どちらも諦めない。
じき、こたつをしまうくらいの気温になるだろう。
毎年しまい場所に苦慮するこたつ布団のスペースを確保するために、今年はクローゼットにしまってある非常用の飲料水ストックをベランダに移せるような収納ボックスを買おう。
そうして収納ボックスをベンチにして、猫と一緒に朝のコーヒーを飲みながらゆっくり桜の花を見よう。
私が見るところ、どうやら猫は鮮やかなものが好きだし花も好きだ。
「今年の春は一緒に花見をしよう。ねえ、まろちゃん」
急にテンションの上がった私を見て猫は驚いたようについベランダに走り出し、空っぽのプランターにおもいきり前足をついて下を見下ろした。
あそこで灰色の雪に埋まっている裸の木がたいそう立派な桜であることを、猫は覚えておるまい。
ひとわたり見回して異常がないことを確認した猫はまたトコトコと部屋に戻ってくる。
さむかったさむかった。まださむかった。ねえ。
ベランダで無印頑丈ボックスに座って猫を撫でながらよその庭に咲いている満開の桜を見下ろすという、壮大な夢。