晴天の霹靂

びっくりしました

啓蟄の心配事 ~何も生えてないように見えるがそこはネギ畑

啓蟄である。

七十二候では「蟄虫啓戸」、すごもりのむしとをひらく、だ。

読めるかそんなもの。
今年は季語の日めくりカレンダーを使っているので読めもしない季節感にやたら詳しくなった。

 

飼っている人なら誰でも知っている通り、猫にも啓蟄がある。

何ヶ月も冬眠に使っていたこたつからようやく這い出して、春の日が注ぎ込む窓辺に移動するのだ。
 わたしは恭しくガラス戸を開け、ベランダのプランターを猫に向かって指し示す。
「さあ、あれ我が家自慢のネギ菜園。にょきにょき芽を出すべく存分に魔法をかけなさい」
猫は興味があるんだかないんだか、今日も代わり映えしない土の表面にちらっと一瞥を送り、続いて艶のいい毛並みの奥にまで春の日差しを送り込むべく、熱心な毛繕いに移行する。


 大げさなくらい首を大きく振りかぶって背中のあたりを整えていたかと思うと、今度は足の付け根をふかふかにすべく、ぴしっと後ろ足を真上に突きあげる。

そんな姿勢でよくぞバランスも崩してでんぐり返らないものだと感心して見ていると、突然はっと動きを止めた。
二秒ほど静止した末、あげていた後ろ足を曖昧な感じでそーっと下ろして、腹ばいになり、澄まして背中を暖める。

「え、なんで気が変わったの?今なんで急に気が変わったの?」

一連の動作の脈絡に戸惑った私は小さな頭蓋骨に向かって必死に問いかけるが、そのとき猫の頭の中をどんな急用が駆け抜けたのか、もう答えは世界のどこにも残されていない。


 私の心配はこうだ。

彼女はつい今し方、ネギを茂らせるべきプランターになにか間違えた魔法をかけたことを思い出したのではなかったか。

咄嗟に訂正しようと思ったが、何しろのどかな日差しの中、続きを考えるのも面倒くさくて放り出したのかもしれない。

はたして大丈夫なのであろうか。

このまま、あの土からマンドラゴラでも生えてきてしまった日には、どんな調理法でその日の味噌汁を作ればいいのか、魔女ならぬ私は知らぬというのに。

 

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啓蟄と聞けば眠れる土に熱