ベランダに面した窓の外枠のところに、肉球スタンプが2つある。
朝、いつもどおり「パトロールにいくから窓を開けてごらん」と言いにきた猫が、いそいそと半身を乗り出し、一瞬固まった後バックして部屋に戻った状況証拠である。
深く屋根がついているので、よほど風の伴う雪でない限りこの時期のベランダに雪が積もることはない。
その朝は窓枠にまで雪が吹き込んでいたことに、私もちょっと驚いた。
もしかすると、彼女は雪が冷たいものだということを、この瞬間まで知らなかったのかもしれない。
普段は窓越しや遠くから見ているばかりだったし、寒くなってから降るものだということくらいは気づいているとしても、実際に触る機会は今までなかった。
「肉球、冷たかったの?」
大慌てで引きかえしてきた様子がおかしくて背中に声をかける。
言葉の中にからかうような口調を感じると、猫は嫌がって遠くへ行き聞こえないふりをする。
ずっと室内で暮らしている猫は足の裏の毛もほとんどなく、雪国の野良たちのように雪原をどこまでも歩いてゆけるようにはなっていないのだろう。
冷たい空気の流れ込んでくる窓を閉める前に、雪の上のかわいい足跡をじっと見る。
「……そうか。うちの子、右利きか」
毎日見ているものにだって、知らないことはたくさんある。
雪は冷たい、ということを何の前情報もなくいきなり実地で知るのはずいぶんびっくりすることだろう。
「雪って遠くから見るとあったかそうに見えるもんね」
毛づくろいをしている猫のところまでいって、頭頂部を撫でつつ話しかけるのは「ごめんね」という意味である。
からかってごめんね、仲直り。