晴天の霹靂

びっくりしました

銀の靴、少年のプリン

なんだかいきなり気温があがった。

一冬使ったラグやらこたつ布団やら半纏やらを全部まとめて洗い、狭いベランダにヘンポンと翻す一方、トランクルームから久しぶりの扇風機を運びだしてホコリを払うのは、楽しい作業である。

 

しかし、まだ身体が慣れていないので出歩くと体力を消耗する感じで暑い。

「これはマスク外して歩いたほうがいいかな」

と思うが、そういうときに限って途切れなく子どもたちが歩いてくるのに出くわすものだ。

もし学校で「外でもできるだけマスクしましょうね」と日々言われているのであれば、すれ違う私がおもむろに外すことで混乱させるのも悪いかもしれない。

子供らをやり過ごしてから外そう、と思い直した。

子どもの波をすり抜けていたとき、一人で歩いてきた少年がすれ違いざま、大きな声できっぱりと言った。

「帰ってプリン食~べよ」

 

以前、海外のドキュメンタリーで興味深い脳の機能について見たことがある。

事故か何かで脳の一部に損傷を負った男性が、ちょっとしたトリガーで激しく感動し、そのまま長いこと平常心に戻れなくなってしまった、という不思議な話だ。

なにかの拍子に悲しい曲が耳に入れば涙が止まらず、一日何もできなくなってしまう。

番組では取材に来た女性の記者が履いている靴を見て

「この部屋に銀の靴で入ってきた人はあなたがはじめてです」

と言うなり、そのまま話が続けられなくなってしまった。

銀の靴に感動しすぎててしまった優しげな男性の映像が、どうしたわけか何年経っても印象深く心に残っている。

その特殊な症状のために「ふつうに暮らしていく」ということは著しく困難になってしまったのかもしれないけど、だけど一体なんという人生だろう!

 

「帰ってプリン食~べよ」

と、すれ違いざま少年は言った。

彼の家の冷蔵庫の中のプリンを想像して、その時私は思ったのだ。

幸せは冷蔵庫の中のプリンだ。

幸せな人生とは、今日冷蔵庫の中にプリンがあることを期待し続けることだ。

心のうちに彼のプリンを祝福しながら、暑さの中を足取り軽く歩く。

週末が晴れたら、カーテンも洗って干すことにしよう。

そうだそうだ、プリンだプリン。

銀の靴、少年のプリン、6月の光。

そうだ。誰にとっても、人生はプリンだプリン。