やっと雪が溶けてきて、表通り以外の路地も歩きやすくなってきたので、小さい道を遠道する。
このあたりの土の湿り気からすると、きっとまもなく土筆が顔を出すのであろう。
あっちの赤茶の芽は、福寿草が咲くのだろうか。
まだありもしない春の気配を適当に皮算用しながら歩く。
下ばかり見て歩いている私の耳に、突然「小鳥の成る木」の気配が飛び込んできた。鳥が狭い場所にびっしり集まって、甲高くささやき合っている賑やかな声だ。
どこかに一本、ひどく小鳥に気に入られるたちの木があるようだけど、どれだろう。
さえずりに惹かれて、いったん通り過ぎた道をちょっと引き返し、声のする方へ小径を折れた。
「どう聞いてもこの木から聞こえてくるのだけど」
こぢんまりした庭のある民家の、道路側にあるイチイの木のあたりが、あからさまに一番にぎやかなのに、動くものの様子はない。
常緑樹とは言っても冬の活動停止中の樹木である。
こんな荒涼たる針葉樹の葉陰で、一羽も目につかないほどに見事に姿をかくして鳴けるはずもないではないか。
「隣の家の木なのかなあ」
などと思って通り過ぎてみると、やっぱり、にぎやかなさえずりも通り過ぎてしまう。
どうしても、あの木だ。
あのイチイの中のどこかに、びっしりと小鳥が止まっているとしか、考えられない。
あまり気になるのでまた戻り、横から下から、いろんな方向からのぞき込む。
「ぴたっ」
と鳴き声が止まった。
ええっ、と私はびっくりする。
そっちからは、こっちが見えてるの?こっちからは何も見えないのに?
飛び立った気配はまったくなく、だからさっきまで騒々しく鳴いていた鳥は、そっくりそのまま、まだこのイチイの中にいるはずだ。
え、どれどれ?どこどこ?
ジロジロとイチイを覗き込んでいるうちに、ふと我にかえる。
鳥だって、何か都合あってけたたましくしていたのに、私がしつこいから途中で止めざるを得なくなって、腹を立ててるに違いないのだ。
「ごめんごめん。続けて」
反省した私はちょっと後ろ髪ひかれながら、またイチイを素通りしていく。
それでもしばらく、彼らはまだ私を警戒して「シーン」とイチイに擬態したままだ。
楽しいけど、ちょっとさみしい。
イチイが一人で喋ってたのだと、思うことにする。