最初の出会いは一週間ほど前だった。
共用玄関から我が家まで上がってくる階段の途中、三階あたりに緑もあざやかなバッタがじっとしていたのだ。
薄暗いコンクリートづくりの階段の上で、バッタはよく目立つ。
「なんだなんだ、踏まれないように気をつけなさい」
と思いつつ脇を通り過ぎた。
その後バッタはどうしたやら。
と、思い出したり思い出さなかったりして暮らしていた数日後、帰宅した我が家の玄関先である。
階段の手すりと壁がつながるところ、ちょうど我が家のピンポンのすぐ下あたりに、くだんのバッタがちょこんといたのだ。
我が家までやってきてなんとかピンポンを鳴らそうとしたところで力付きたようにも見える。
最上階までわざわざ上がってくるとは、まさか君は2年前になくなった愛猫の生まれ変わりか?
ともちょっと思ったが、だいぶ贔屓目でも見てもやはりバッタは猫に見えないし、バッタとして帰ってこられても、もてなし方がよくわからない。
申し訳ないが、そのままにして自分だけ部屋に入った。
翌日、見るとピンポンの真下に、バッタはすでにいなかった。
あの子はどこへ行ったやら。
また一番下まで降りていって玄関口から普通に外に出るのは、バッタには道のりが遠すぎるように思うが、無事に居るべき場所まで帰ることができたのだろうか。
そんなことを思いながらトントンと階段を降りていくと、一階に音もなく小さいおばあさんが立ちすくんでいた。
あんまりびっくりしたので、一瞬挨拶の言葉も出なかったが、おばあさんの方で
「行ってらっしゃい」
と微笑んでくれたのでホッとした。
そういえば一階に新しい人が入った気配がしていたが、この人だろうか。
「こんにちは。行ってまいります」
と答えて外へ出てから、もう一度考えこむ。
一階のニューカマーならば、なぜ自宅のすぐ前の階段で踊り場を見上げてじっとしていたのだろうか。
まさか、昨日のバッタの妖精を見たか?