晴天の霹靂

びっくりしました

ネギを植える ~猫と中年ささやかな春

思いがけず暖かな日差しが降り注いだ二月のベランダで、ネギを植えた。

おおかた味噌汁の具として使命を終えた小ネギの白い根元をキッチンばさみで切り、新しい土を盛ったプランターに一本ずつ差していく。

 

いくら日中の気温が上がってきたとはいえ、まだ氷点下になる外気で野菜を育てようというのはさすがに乱暴で、せめて五月くらいまで待つべきだろう、という思いは重々あるのだ。
しかし私がやりたいのは、
「ああ、あんなに厳しい環境の中で長く消息不明だったが、誰にも気づかれないまま君は息を潜めて力を蓄えていたんだねっ!」
という瞬間に会いたいのだ。
こんなに雑な私の保護に期待することなく、忘れた頃に自分のタイミングで出てきてはくれないものか。

無茶を承知で頑なに「いったん忘れられてからの奇跡の再生」に夢を持つあたり、齢四十を超えた我が身を思うになかなか味わい深いものがある。
誰にも期待されてこなかった孤高のロマンやいかに。

 

近頃、暖かい日は窓際に鼻面をつけて情熱的に外を観察する我が家の黒猫にも、ある日何気ない芽が出て、それがにょきにょきと伸びていき、あわよくば最後に私の味噌汁に入るまでを見せつけて生命というものに刮目させてやりたく、わざわざプランターを猫の視線の届きやすい位置に配置する。
風にそよぐネギを見る黒猫を見る初夏を迎えたい。

 

猫と中年のささやかなロマンのために、ネギは2月を生きてくれるか。

 

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春寒の感傷ネギに白いひげ