近頃読んで面白かった本。
鶴屋南北の歌舞伎で知られる『東海道四谷怪談』のネタ元とされる『四谷雑談(ぞうだん)』の現代語訳です。
実際に起きた事件の記録としてまとめられているものなので、「見世物」として洗練させた鶴屋南北よりは真実味があるけれど、別にノンフィクション作品ではない、というくらいの立ち位置がちょうど面白いところ。
何が魅力的と言って、お岩さんがかわいいのです。
大変に意表をつかれたことに、まず「大酒飲み」。
うらめしやぁ、とか言って仏壇から出て来る従来のイメージに大酒を飲んでる印象は全然ないが、彼女が酒豪だと思って見るとまただいぶん受け取り方が違ってくるではないの。
だいたいずっと未婚で朴念仁の父と二人暮らしだった武家の娘がいつどうやって酒を覚える暇があったのかいまひとつよくわからないが、なかなか豪胆な話なのはたしか。
さらには、傾く家をどうにもできないまま貧乏侍の父親が急に他界したあと。
一人娘であるお岩を出家させるなり、養子縁組をして他家のものに役職をゆずるなりせねばならんという話が出たときには
「私が男だったら、役職をついで、かわいい嫁でももらってうまく家も立て直すのに」
と悔しがるところ。
悔しがり方がバブル末期にはやった「おやじギャル」OLみたいな言い草であるところが非常に斬新な感じがします。
挙げ句の果ては、近所の金満家と示し合わせて自分を追い出し家と地位を乗っ取ろうとした入婿、伊右衛門のたくらみを聞いて怒り心頭。
その場にいた男を数人投げ飛ばして江戸の街を爆走、いずこへか走り去る、という感情の暴発の仕方が、現代人の私にとっては「うらめしやあ」より、だいぶ魅力的に思えます。
鶴屋南北の歌舞伎も、本当に面白いと思うのだけど、戸板返しだ提灯抜けだとみんな大好き「怪談」としてせいいっぱい趣向を凝らして派手にやるには、そのぶん可能な限りお岩さんが気の毒でなくてはならず、「気の毒」以外の個性はやっぱりあんまりない。
怪談ではなくてヒロインとしてのお岩さんに注目すると、『四谷雑談』の方が大幅に面白いなあ、と思うのでした。
『四谷雑談』を直接の土台として書かれた『嗤う伊右衛門』。
「意思の強い女性」としてのお岩さんが登場して面白いんだけど私はもうちょっとおやじギャルお岩さんで色々想像してみたくなったところでもあった。
あまりにも凛としていてちょっと面白みにかけると言うか……。