晴天の霹靂

びっくりしました

萩尾望都『かわいそうなママ』 ~オーメン、アンナ・カレーニナ、ボヴァリー夫人

新年から着々と萩尾望都を読み返しております。

読み返していると「あれ、こんなのあったかな」という短編があったりして、なんの気なしに読み返してギョッとさせられるのがいいですね。

 

「かわいそうなママ」という短編があります。

六歳くらいとおぼしきかわいらしい男の子が母親を窓から突き落として殺す話。

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『かわいそうなママ』萩尾望都

「ママ」であるエスタには恋人があったのだけど、何かの都合で離れ離れになり、その間にエスタは十五歳年上の男性と結婚、息子ティモシーをもうけます。

ティモシーが生まれてすぐの頃、元彼は一度帰ってくるのですが、すでに結婚しているのを知って、追いすがるエスタを置いて去る。

エスタはそれから死んだように生気なく毎日窓から外ばかり見て暮らすようになるのです。

 

ママが幸せでないことに気づいて殺してあげる、六歳になったティモシー君。

訃報を知らせて帰ってきた元彼に六歳児は淡々と真実を話します。

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萩尾望都『かわいそうなママ』

幸せにしてあげられるのはあなた一人だったのに、何を死んでからやおら帰ってきて悲しんでいるのかと。

まっすぐな瞳で問いかけるこのコマが異様に怖い。

 

六歳児が、母親もまた自分とは別の人生を持った一個の人格であるということに気づいているのがまず恐ろしい。

さらにはまだ自分自身が十分に性自認の育ってない年齢にもかかわらずなぜか母親が女であることに気づいているのが恐ろしい。

その上、一見幸せそうに育っているのに、母親が「女として絶望的に不幸」であることに気づいているのが阿鼻叫喚に恐ろしい。

やけに慌てて十五歳年上の好きでもない相手と結婚したらしいことを考えると、本当の父親は誰なのかという疑問も出てくるし、どうやら夫は性的に不能だったのではないかというふうにも読めるのだけど、そんなこと六歳児にわかったら本当に恐ろしい。

 

息子ティモシーは、映画『オーメン』に出てくる悪魔の子デミアンのようでもあるし、性的に妻とコミュニケーションを取れなかった夫はトルストイのカレーニンを思わせ、幻の生活に心奪われて現実で死んだように暮らした若く美しい妻はボヴァリー夫人のようでもあり、こんなに短い話の中にこれほど色んなものを凝縮した萩尾望都っていくつだったんだと調べてみれば二十二歳の時の作品。

 

 一連の作品を読めば、淡々と「犠牲者」の話ばかり描いているのを見るにつけ、どうしてこんなに絵が美しいのかといって、あまりにも救いがないから美しくする他なかったんじゃないかしら、という気持ちになってくるのです。

なにか心の奥の残酷なところを猛烈に刺激されて頭から離れなくなってしまうのですが、不思議と慰めでもあるところが、もう本当になんというか。まったく。

11月のギムナジウム (小学館文庫)

11月のギムナジウム (小学館文庫)

 

 『かわいそうなママ』は『11月のギムナジウム』収録。

1971年の『別冊少女コミック』に掲載されたそうですが1971年の少女、戸惑ったろうな。

 

 

 「アンナ・カレーニナ」が若く美しい妻と、性的に不能な夫と、男盛りの恋人の三角関係であることに私が気づいたのは相当いい年になってからの話。

 性から解放されてる霊的な雰囲気の少年を多く描いた一方で、少女漫画という分野で盛り込める以上の性の話もしっかり盛り込んであることに、気付くとやや呆然とする。

 

ボヴァリー夫人 (新潮文庫)

ボヴァリー夫人 (新潮文庫)

 

 最終的に破滅はしたけれど、自分の思う人生に向かって懸命に邁進したエンマの姿はたしかに萩尾望都的な匂いがして、この人もたしかに忘れがたいフィクションの英雄です。

 

 

 無垢な少年が関わる人を次々と死に追いやる。神父が串刺しになるシーンが怖くて二度と見られないが印象深いホラー映画でありました。