ハヤカワ春の電子書籍祭りなので、こういう機会でもないと読まなさそうなものに手を伸ばしているのです。
中国SFがとにかくヤバい、中でもこれが一番ヤバい、ということで世界中で大変な話題(だったらしいが私は全然知らなかった)『三体』を、せっかくだから読んでみました。
びっくりした。
まず、読みにくかったんです。
これは、もしや私最後までたどり着けないのではないか、と何度かクラっとしたんですが、結果とにもかくにも最後まで読んで正解でした。おもしろい。
おもしろいというか、「なんだそれっ!」という展開が何回転も入ってるので、なぜこれほど要素の多いものを一冊の本にぎゅうぎゅう押し込んだのか、と思いました。
読み終わってから知った情報によると、なんとこの異様な情報量の小説は三部作の一作目に過ぎず、この後、さらに一冊ずつのボリュームを大幅に増やしながらあと2作続くんですって。狂気。
何が読みにくいかと言って、まず一番足元のところでは名前に関するストレスがあるのですよ。
漢字だからパッと見読めそうな気がするんだけど、読めない。
読めないのにルビは初出の一回目しかふってない。
しかも男性なのか女性なのかも、名前からよくわからない。
紙の本で買うと、別紙で登場人物一覧がついてくるそうですが、電子書籍組たる私は、冒頭の登場人物一覧を手帳に手書きで書きだしました。
いきなり極端にアナログすぎて何やってるんだかよくわからないレベルですが、やっといてよかった。
書き写してるだけでも、どのくらいスケールの大きい話なのか、という見当もついてきて腹もくくれます。
(以降、読むのに邪魔になるほどのネタバレはしてないつもりなんですが、わりと堂々とあらすじを追ってるのでネタバレなのかもしれないです)
第一部、文化大革命からはじまる。
1967年、共産党革命後の中国で「あいつら資本家の手先だっ」とか言って紅衛兵という意識高い学生が全国各地でインテリをつるし上げる運動が始まっています。
冒頭でつるし上げにあってるのが葉哲泰という理論物理学者。
大学の講義でビックバン理論を教えたというので粛清されています。
ビッグバンには神が介在する余地があるから反動的なのだという理屈なのでそうで、なかなか大変なことですね。
口の減らない葉哲泰教授はイラついた少女たちに取り囲まれその場で真鍮のバックルのついたベルトで殴り殺されます。
「物理学では神のような超越的な存在が宇宙の外部にいるかどうかは今のところ証明できないんだ」
なんてことを言っていた教授ですが、中学生くらいの少女たちにリンチされつつ内心
「でも、自分がこんな目に合ってるってことは神なんていないんだろうな……」
なんて思いはじめながら死んでいくのです。
これが実はすごい伏線であることを、読んでいる私はさっぱり気付かない。
この状況を目撃してたのが哲泰の娘の文潔。
人間に対する絶望を胸に、反乱分子の娘として僻地に飛ばされて肉体労働を課せられながらひっそり生き延びますが、文潔は文潔で実はすごい天文物理学者。
文潔の才能に気付いている共産党は彼女をその土地に忽然と立ってる謎のアンテナのある基地に勤務させます。
だいたいの人はここに足を踏み入れると機密保持の関係で一生この僻地で暮らせねばならないのであまり一生懸命勤務しないようにしてるのですが、文潔は、むしろ僻地に引きこもって孤独に一生を終えたいので、得体のしれない機密仕事を真面目にこなし、その基地になくてはならない研究者になっていくのです。
この、ぐっと怒りを胸に秘めたまま、静かに生きる文潔という女性にはなかなか感情移入がしやすく、この辺は読みやすいパートでした。
だがしかし、一向にSFの気配が見受けられないことには相当な戸惑いう私。歴史小説なの?
第二部、いきなり主人公が変わっている。
せっかく文潔に慣れて、感情移入も終わったところなのに、いきなり時代が40年過ぎて、主人公が汪淼(おうびょう)というナノマテリアル開発者に変わってます。
あんた誰だよ、名前読めないし、ナノマテリアルがよくわからないし、わりと個性薄いし、文潔どうなったんだよ、もーっ!と思ってちょっとへこたれそうになったところ。
とはいえ、ぐっとこらえて読みすすむわけですよ。
汪淼は個性は薄いが、タスクが多い。
まず一流の科学者、物理学者が次々と自殺していくという謎の事件を調べます。
それから、ある時突然自分の視界の中になぜかカウントダウンの数字が見えるようになってしまった(怖い)、という謎を解明しようとします。
さらに、「三体」という、物理学者科学者ばかりが次々ドはまりするすごいVRゲームにハマります。
なんでいきなりここでゲームが出てくのかと面食らいますが、厳しい環境下にある文明を、科学的知識を駆使して救い出すゲームで、これがなかなか面白いんです。
「乱期」っていう、気候が乱れて人類が存続できない厳しい時期がいきなりくるような気候状況なのです。
そうすると「脱水!」ってってみんな一気にカラッカラの干物になってやりすごします。
そしていつになるかわからないけど「恒期」っていういい気候がやってきたら脱水人間を水でふやかすと海藻みたいに復活するというルール。
そんな面白いことになってる状況下で文明を守るという想像の斜め上を行くゲーム内容です。
そんなに忙しい汪淼なのに高難易度の「三体」をしかっかりクリアして記念オフ会に呼ばれます。
そしてこのオフ会から、やっと文潔(もうおばあちゃん)と、あのアンテナ基地に話がつながっていくのです。
久々に出てきても文潔は、やっぱりとてもいいキャラクターです。
アナ雪でいくと「レリゴー!レリゴー!」の担当、実は山奥で人類に対する怒りを解き放っていたという衝撃の事実が明かされちゃいます。
少しも寒くないわ。
そして第三部、やっと地球外生命体
全体の7割くらいすぎたところでやっとSFになってきたなと思ったら、すごいハードSFなのでわりとクラクラいたします。
なんと、「三体人」が地球に向かってることがわかるのですね。
それに対して少数ではあるが、その情報を知っている地球人。
あまりにも故郷の環境が厳しいので地球をのっとりたい三体人。
科学も物理も解を出せないこの絶望に覆われた地球に、破壊神のごとき超越的存在が来るということがはっきりわかってしまいましたが、さてどうしましょう、ということです。
スケール大きすぎてSF初心者が一人で読んでても迷子になるので、誰か巻き込んで一緒に読んで支え合い、語り合いつつ、楽しみたい作品でした。
『折りたたみ北京』という短編SF集の中には、この『三体』の中から一部分を抜粋して『円』という短編として紹介してます。
このアンソロジーの方がSFを読み慣れてなくてもぐっと読みやすい。
さらに、同じく劉 慈欣による『神様の介護係』という短編も収められいるんですが、これもまたタマらないです。
ある日UFOから神様が大量に降りてきてホームレス化するという妙な作品でめっちゃ面白い。