晴天の霹靂

びっくりしました

『予想どおりに不合理』~社会規範にレモンはかけますか?

4月13日まで開催のハヤカワ書房最大半額セールでうっかり買ったものシリーズ。

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半額でなければ今さらあらためて読まなったかもしれないなと思う程度には、ちょっと古めの行動経済学の大ヒット本だ。

 「まあ、そうだろうなあ」となんとなく思っていた現象が数々の実験によって明確に示されている。

だいたいのことに心当たりがあるので読みやすいし、こういう知識は「ぼんやり感じてる」より「はっきり根拠をもってしっかり認識しておく」ほうが生活に役にたつであろうな、とも思われるので読むのはなかなか楽しい。

 

たとえば「無料」という言葉を使われると、人間は自分で思ってるよりだいぶ馬鹿になる、などの現象を白日のもとにさらされると、なんとなく知ってはいたことだけど、やはりピリッとする。

馬鹿になることが実証ずみの言葉をわざわざ自分に向けられているときはだいぶ気を付けたほうがいい。三木谷さん。

 

私にとって目からうろこだったのは「最後の一個」問題だ。

飲み会に行ったとき、みんなで大皿料理を食べるとき、皿に残って誰も手をつけない気の毒な最後の一個、を必ず目撃する。

「あまり深く考えずに食べたところで別に意地汚いななんて思わないんだから誰か早く食べてくれないかな」

と思ってずっと心に引っかかるのだが、だからと言って自分がその「あまり深く考えない誰か」になろうとは決して思わないところがこの「最後の一個」の厄介なところだ。

 

仕方ないのでいつのころからか私はこの「最後の一個」を心の中で「にほんじん」と名付けることにした。

「にほんじん」と呼び変えることでそれが食べ物であることを意識から追いやり、なんらかの共同体意識の塊として冷静に行方を観察することができる。

そしてなぜ私がそれを「にほんじん」と心の中で呼ぶことにしたかといえば、それが日本人に特有の行動だと、頭から思い込んでいたせいである。

 

著者のダン・エアリーは友人とスシレストランにいき、大皿にひとつだけスパイシーツナロール(なにそれ?)が取り残されたまま誰も手をつけないことに気が付く。

そして皿をさげにきたウエイトレスに食事の最後に食べ残しがあるのをどれくらい見かけるか聞いてみるのだ。

 

ウェイトレス は、「 そう です ね。 だいたい は、 何 か ひとつ だけ 残っ て い ます よ。 スシ が 全部 なくなっ て いる こと の ほう が 少ない と 思い ます」 と 答え た。

 

最後の一個は、日本人特有の民族性ではなかった。

何を根拠に私がそれを民族的な資質に由来する行動だと思ったのかというのも、また別の興味深い誤解ではあるが、それが民族性ではないとすればでは何に由来するのかということのほうが、この本の本筋である。

 

この スシ の 魔法 は いったい なん なのか。 ざっくり 言え ば、 共同 の 皿 が 食べ物 を 共有 資源 に 変え て しまう という こと だ。 何 かが 社会 の もの に なっ た とたん、 わたし たち は 社会 規範 の 領域 へと いざなわ れ、 他者 と 共有 する ため の 決まり ごと に従う よう に なる。

 

社会 規範 は 人々 に 他者 の 幸福 を 思いださ せ、 その 結果、 利用 できる 資源 に 負担 を かけ すぎ ない 程度 まで 消費 を 抑え させる。 ひとこと で 言え ば、 値段 が ゼロ で 社会 規範 が 問題 に なっ て いる とき、 人々 は 世界 を 共同体 の もの として とらえる。 以上 を 全部 ひっくるめ た 重要 な 教訓?   値段 を 持ち ださ ない こと が 社会 規範 を もたらし、 社会 規範 が ある こと で わたし たち は 他者 の こと を もっと 気 に かける よう に なる。

 

行動経済学によると最後の一個は「にほんじん」ではなく、「社会規範」と呼ぶことがより正確だったらしい。

いつまで皿の上で乾いていって、結果的に無駄になってしまうことすらある最後の唐揚げにはどうしようもなくイライラはするが、あれは日本人の悪癖などではなく、「世界には他者がいる」ということを確認しあう案外重要な人類の行動様式であるとすれば、つまりはなくす必要などないのかもしれない。

ちょっとしたイライラをなくすほど世界がよくなるとは限らない。

 市場規範が社会規範を駆逐しつつある世界がどれほど破滅に向かってまっしぐら走ってるように感じられるかは、この本の刊行された2013年より今の方がより明白に感じれていることではあるまいか。

 

あの時も、あの店でも、あの皿の上でも、みんなで気まずく見つめたひとつの唐揚げ、あれこそが「社会規範」。