晴天の霹靂

びっくりしました

『文豪怪奇コレクション 恐怖と哀愁の内田百けん』 ~恐怖は耳からやってくる

冬は毎年のことであるが、寒い日が続くと肩こりから来る頭痛が長引く。立ち動けないほど酷いということもないが、やはり横になっている方がずっと楽で、なんとなく「あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ」などと往生際の悪いことを口では言いながらずるずると水平方向になりがちである。

ついでに傍らに置いてある内田百けんの怪奇集を手に取って、読み始める。大変短い作品集でもあるし、なにしろ音としても素晴らしい名文なので声を出して読むのが楽しい。

『とおぼえ』という作品は、夜どこかを歩いていて、立ち寄った妙な氷屋さんの話である。出てきた店の主人が、全然話が噛み合わない上にどうもこちらの存在に怯えている。やけにビクビクしてる主人を観てると主人公もなんとなく変な気持ちになってくる。ふたりでビクビクしながら、とりあえず怖いから焼酎なんかを出してきて一緒に飲み始めるのだ。

「なんでやねん」と、読んでいるこちらはおかしくてニヤニヤするのだけど、百けん先生の作品を読んでいると、この人はもともとどうもこういうところがあって、おそらく夜の静けさが怖いからなんだかんだと人を引き止めてはぐずぐず酒を飲む癖があるようで、怪奇短編を書いてもそのままの世界観なのだ。寂しがり屋め。

お互い、早く帰りたい、早く帰ってほしい、と思いながらなんとなく仲良く焼酎を飲んでいるあたりはもう漫画のようでありながら、遠くから野犬の遠吠えが聞こえり、理屈に合わない客人がふらっと立ち寄ったり。そういう筆致は抜群に心地よいから一方で全然バカバカしい気はしない。

口触りも耳障りも素晴らしいと思いながら自堕落な姿勢で音読していたら、案の定途中で少し眠ってしまったようだ。

 

ふと気づいたら、低いところから響く成人男性のつぶやきが聞こえる。オロオロオロ、オロオロオロとなんとなく未練がましい不明瞭な声を聞きながら、先程まで読んでいた百けん先生の『とおぼえ』が頭をかすめる。

これは。

半分寝ぼけた頭のまますうっと首を伸ばして音のする方を覗き込むと、私のホットクッションの上で黒猫が丸く熟睡している。子猫の頃は寝言ばかり多かったギャルも、7歳ともなる昨今はときどきいびきに似た寝息を立てるようになってきた。

聴覚に過敏な百けん先生の不思議が染み込んできたのかしら、といぶかりながら少しばかり頭の重い世界に包まれて、オロオロオロ眠る猫を眺める。