晴天の霹靂

びっくりしました

もうちょっと寒くなったらまた一緒に寝ようねえ

リップクリームを買った。

どうせ、カバンにひとつ、洗面台にひとつ、コートのポッケにひとつ、というような運用になるので、見慣れた安いやつの2本入りにした。

正しくはなんという商品なのか気にしたこともないが、白と緑でハッカの匂いのする、どこにでもあるあれである。

夏なんか永遠に終わらない気がしていたけれど、これは間違いなく冬への備えのひとつであって、実際あっという間に冬は来るに違いない。

 

猫はあちこち自分の気に入った部屋へ出向いては任意の布類の山や丘の上に丸くなり、暖かったり肌寒かったりする一日の気温変化をエンジョイしている。

まもなく、冷えてきたら部屋のドアを開け放しておくこともままならなくなり、そうなると移動の自由を制限されたと感じた猫がどれだけ主権回復を主張しにくるか、考えると今から説得の方法に頭を悩ませる。

「君が開けてほしいときはいつでも私が開けて上げるのだから」

と言ったところで、実際は私も腰を上げるのが面倒くさくて適当に生返事をすることも多いし、猫のほうだって人間の忠誠心をためすためだけに用事もないのに開けさせてみてそれきり興味をなくすことも多いのだ。

 

まったく、猫など冬の間は黙って人間の膝の上で撫でくりまわされていればいいんだ!

と試しに怪気炎を上げたあと、ちょっと寂しくなって自分で腰を上げて隣の部屋の毛布の上の猫を撫でに行く。柔らかくてつやつやした毛並み、適度な脂肪、手のひらに伝わるぬくもり、撫でるとすぐゴロゴロ言い始めるおおらかさ。この世の中にこれほど撫でるに適した存在があるとは、およそ信じがたいことだ。

「もうちょっと寒くなったらまた一緒に寝ようねえ」

などと不気味に猫なで声を出しながら一番柔らかい腹毛のところに顔をすりつける。猫はその程度の迷惑なら、我慢してくれるのだ。思えばこの子が来てから、だいたい毎年秋にはこんなことをやっている。

 

新しいネコメンタリーで能町さんが猫が居る生活は幸せでつまらない、と言っていたのを急に思い出す。ほんと、それな。撫で放題の猫が家にいると、全然まったく、言いたいことがなくなってしまう。

「もうちょっと寒くなったらまた一緒に寝ようねえ」

それくらいしか、ない。わお。

 

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