ピアスのパーツを探しに百円ショップの手芸コーナーへ行った。
細々したものがびっしり並ぶ棚の前であれこれじっくり見ていたら隣で
「ヒャッ」
と女性の声がした。
見れば年の頃私より少し上くらいの店員さんが隣で毛糸の整理をしている。
毛糸の間に何か見つけたのかもしれないが、あんまり見つめると相手もバツが悪かろうと思って見ぬふりをした。
ところが、店員さんは「すがりつく戸惑い」ともいうべき態度で私から目をはなさなずに立ちすくんでいる。
なにごとか、と私がやっと目を合わせると、彼女は言った。
「虫が……」
あ、なんだ虫ですか。びっくりしたんですね、あっはっは。
くらいのテンションでほほえみ返した後、またアクセサリーパーツの物色に戻ろうと思ったら、どっこい店員さんはまだ微動だにせず私を見ている。
……もしやこの人、本当に困っているのか?
私だって別に虫は好きってわけではないが、足の数が理解の範疇であれば比較的大丈夫なほうではある。
虫が居たくらいのことで職場できゃーだのぴーだの言うとただちに「いい年して」の視線が攻めてくるんであろうことは同年輩の私にはよくわかる。
実際のところフォビアに年齢は関係なく、怖いものはどうしようもないだろう。
だからたぶん、同じ年格好の私を、さっきからじっと見ているのだ。
テレパシーを通じてやってくる心の叫び。たすけて。
「どれどれ、どんな虫ですか」
と、野次馬好奇心のフリをして店員さんに近づくと
「トンボ……死んでるのかな」
と毛糸玉の上を指さす。
パステルカラーの毛糸玉の上に、黒っぽい地味なトンボがとまったまま動かない。
私も一瞬、考える。
トンボなら、わりと平気である。
デザイン的には結構かわいいと思う。
しかし、もう召されてしまっている個体を素手で触るとなると、目に見えない価値観の壁を内側から何枚かやぶらなければ躊躇なく触るってわけにはいかない。
うーむ。
とは思ったものの、こうなっては「もう若くない女互助会」である。我々は助け合っていかねばならぬ。
「弱ってるのかなあ、毛糸に足ひっかかっちゃったのかもしれないですねえ」
などと、いまや魂なきトンボと魂が抜けかかっている店員さんの両方をはげますための明るめ声をだしつつトンボをそっとつかんで、そのまま店外に出た。
すみませんすみません、と気の毒なほど平身低頭しつつ店員さんも後から駐車場までついてくる。
本当に怖くて困ってたんだろう。
差し出してもらったアルコールティッシュで手を拭き拭き、いくつかアクセサリーパーツを選んでから店を出た。
トンボにしても100円ショップの毛糸の上で難渋とは気の毒だった。
道すがら、まだ青いとはいえそろそろどんぐりが落ちはじめていることに気づいた。
これもレジンを流したらピアスになるかしら、と帽子の部分を拾いながら歩く。
迷子のとんぼに、どんぐり帽子。
夏の店じまいが近づいている。