落語が好きで、寝るときなどに時々聞くのだけど
「いつ聞いてもサゲがよくわからないねえ」
と思うものの一つに『棒鱈』という噺がある。
流れから考えても終わるキッカケ程度のサゲのようだし、話す方も「ここは通じなくても構わない」と思ってしゃべってるのだろうと思うからこそ毎回
「いやあ、またわからなかったねえ」
などと思うこと込みで楽しんでいた。
つい最近まで。
なんでも、料亭でへべれけに酔っぱらった田舎侍と江戸っ子が喧嘩をはじめたところに板前が棒鱈と胡椒を持って止めに入るのだ。
その様子を心配した使用人たちが噂をする。
「二階の喧嘩はどうなったい」
「心配ない。今コショウが入りました」
で終わる噺である。
「……え?」って言われても私のせいじゃない。本当にそうなんだから。
落語の筋をまとめるというのもえらく無粋なことをしてるのではあろうが、こうやってまとめてもまったく意味が分からなくって面白い。
飲めや歌えやの真っ最中の酔っ払い同士の喧嘩だから噺は大変賑やかで大熱演である。
その盛り上がりの真っ最中に
「今、コショウが入りました」
なんて意味のわからない捨て台詞を残して急に端正なお辞儀で去っていく噺家さんを
「いやいやいや」
と思いながら見送る気持ちまでが『棒鱈』のうち、という感じがする。
いずれ際立つのはこちらの野暮天ぶりである。
楽しいので調べたくなかったのではあるが、色々あってうっかり先日調べてしまった。
「故障が入る」というのはある時期まではかなり普通に使っていた慣用句で「邪魔が入る」というような意味。
棒鱈は「まぬけ」みたいなニュアンスがどうもあるようだ(「あほんだら」という罵詈あたりに名残がある)。
それなりに納得はするが、本当に飾りみたいなサゲで「うん、まあ、なるほど」と思って終わり、と言う感じではある。
問題は、かくも長年大事にしてきた貴重な「きょとん」をどうして急に調べてしまったのか、ということだ。
言うもはばかれてモジモジしちゃうが、思い切った胡椒挽きを買ったのだ。
私の中では「スパイスミルたるものこれくらいの価格であろう」と目星を立てる、その四本分くらいの値段がするのでAmazonのカートに入れたままだいぶ何か月も悩んでいた。
しかしながら胡椒の味と香りも「胡椒を挽く」というカジュアルアグレッシブなアクションも大好きな私にあって
「おそらくいずれは買うのだろうから、どうせ買うなら早く買ったほうが長く使えてお得だろう」
というような誰に対しても必要とされていない言い訳の上、先日ついに最後のワンクリックをしたのである。
そして到着したイケダのペパーミルは、届くなり想像以上に生活を変えた。
とにかく、胡椒を挽きたくて仕方ない。
胡椒とは、このように軽い力で軽快に、心地よい音とともに挽くことができ、なおかつこんなにも少量で華やかな香りがたつものであるか、と打ち震える。
「思い切っていい値段を出したから良い物に決まっているノダ」という認知バイアスは当然ある、とむしろ言い切っておくがそれを考慮に入れても毎回
「おおおっ…」
と声が漏れるのは生活が楽しい。
いかにすれば胡椒が美味く食えるものか、考えて豆腐の塩漬けなど作ってみたりする。
水切りした豆腐の四面に塩を薄く塗ってキッチンペーパーで包んで一晩おいた、いわば豆腐のチーズみたいなごくあっさりしたものにパラリパラリとふんだんにブラックペッパーを掛ける。
主客逆転を旨とした「挽きたて胡椒の豆腐添え」である。
だいぶ前に買って永の歳月簡易ミルの中でくすぶっていたブラックペッパーであるにも関わらず花のような実に良い香りがする。
あとは何か胡椒を掛けて合うものがないか。
つい食卓を見回し、味噌汁にまでパラリパラリとやる。
「うーん、合う。味噌に胡椒も合う!」
などと一人食卓で大騒ぎである。
開け放っている窓に鼻づらを向けて夕涼みなどしていた黒猫がさすがに迷惑そうな顔で振り返る。
「うるさいなあ」
と言いたげな顔に向かって、ついつい口から飛び出すもんである。
「心配ない、今胡椒が入りました」
言ってしまってから、たぶん使い方違うんだろうなあ、と思って初めて意味を調べるに至ったわけだ。
これこそが清水から飛び降りたての一庶民によるきわめて頓珍漢な胡椒事件の顛末である。
お後がよろしいようで。