カブの葉とベーコンでぺペロンチーノを作りながら、
「よし、上に温泉卵までのせちゃうもんね」
と冷蔵庫から卵を取り出す。
軽く握った手の平に卵を収めて冷蔵庫の前でふわっと振り向いたそのときに、
卵は遠心力を活用するように掌をすり抜けて自力でカーペットに立たんと欲す。
立たんとするが立たんものである卵は、世にも悲しい音を立てて崩れ殻の中から鮮やかな黄身が顔をだした。
卵を落として割るというのは、どこかで老いた夫婦が幸せに暮らしている南の島がひとつ海に沈むような悲しみがある。
ああ、小さいけれども確固として存在した完璧な世界がこの世からひとつ消えてしまった。
今こそ、人からなんと思われようと構うまい。
卵はほとんど割れた殻の中にうまくおさまり、カーペットと接していなかったことを幸い、殻ごとそっと持ち上げて器の中に身だけ静かにうつした。
いつものように、竹串で数回持ち上げるように白身の塊を切り、おおさじ一杯程度の水を入れてレンジの牛乳あたためモードにかける。
少しだけ白身がとびちったパネルカーペットはそこだけはがして踏まないように脇へ置いておく。
部屋の中に、茶室の炉を切ったように突如真四角の空間が存在したのを、猫が不思議がってかわるがわる見に来る。
「パスタを食べ終わったらカーペットを洗うんだよ」
バタバタしながらできあがったペペロンチーノの、中央部分を少しへこませ、レンジから出した悲しみのまじる温泉卵をそっと載せる。
生卵を落としてはいけない。
そそっかしい人には必要なところだけ洗えるパネルカーペットは便利。
レンジは重量で加熱時間が変わるから、ちょうどいい重さの器をみつければちょうどいい火加減の卵ができる。