もう二十年やそこら会っていないが、母方の祖母が存命で、今百歳くらいなのだ。
70歳前後で夫に先立たれ、そのあとずっと一人で暮らしてきて、いよいよ100歳かという頃になった昨年、今度は娘(私の母)を亡くしたことになる。
近頃少しぼんやりしてきていることもあって、あえてわざわざ訃報を伝えてはいないそうだが、頻繁にやりとりしてた電話もぱったり来ないから「たぶん、気づいてるんでないか」と父は言う。
百年も人生が続くとそういうことにもなるものかなあ、と思う一方で、想像するとやっぱりずいぶんなことだ。
サヨナラだけが人生だ、とは言っても。
「百年ってすごいよな。人生で一番びっくりしたことってなんだろう」
私はこの話が好きなのだ。
自分より長く生きている人の、人生で一番驚いたこと。
「お前らの世代が百歳になったときは、このコロナがひどかった、っていうことになるんだろうな」
と、父は言う。
たぶん、違うだろうな、と内心私は思う。
私は、家に猫といて、なんかしらないがわりとうまくやれてしまったのだ。
末期がんの伴侶を緊急事態下の病院で看取った父の目にうつるパンデミックの過酷さを、私は共有しなかった。
今更、猫とのほほんとやれてしまったのであんまり、とは申し訳なくて言えないが。
「若い頃が経済成長期だった人って『はじめてアレを食べて、こんなうまいものが世の中にあるのか、と思った』とか、楽しい話が多そうな気がするな」
と言ってみると
「俺はそれあるぞ」
とすぐ返ってくる。
答えは知ってるんだけど、話のなりゆきにちょっと罪悪感を持ってる娘としては素直に聞いた。
「なに?」
「ソフトクリーム」
それ、私が子どものときも言ってたな。そんなにうまかったのか。
「近所の菓子屋がソフトクリームをはじめてな」
「駄菓子屋?」
「いや、ちゃんとした菓子屋。まんじゅうとか売ってる」
父が高校まで過ごした町は、今や人口1600人程度の、電車も通ってなければ産業もない、うっかりしてると見過ごすレベルの超絶過疎地だ。
「あんな町にちゃんとしたお菓子屋さんがあった?」
「あるさ、映画館も3館あったし、なんでもあった」
私がその町を旅の途中に見に行ったのは20年も前だけど、その時ですでに人っ子ひとりみかけないような場所だった。まんじゅう屋なんて、想像もつかない光景だ。
「こんな柔らかくてうまいものあるものか、ってびっくりしたな」
わはは。ソフトクリームというものを一切前情報なしに食べたら、たしかにそうなるかも。それは楽しそうな経験ではないか。
「私の世代だと、もうなにか食べて衝撃的な驚きってあまり記憶にないよなあ」
私が人生で一番驚いたのって、夜が暗いと知った瞬間のことだ。
学生の時、野宿の旅をしていて、あれはたぶん鹿児島あたりだったような気がする。
なんだかえらく疲れて、日暮れ方ギリギリに、道路から少し離れたところに人気のない海岸を見つけて急いでテントを張った。
たぶん夕食を作って食べて、あんまり疲れてすぐに寝たのだ。
完全に日が暮れてから一旦目が覚めて、テントを開けて外に出た。
その瞬間、自分の目の機能がどうかしたんだと思った。
目を開けているのに何も見えないのはどうしたことだろう?
そして「完璧な闇」というのを、自分がこれまでの人生で一度も経験したことがなかったのだということに、やっと思い至った。
目を、開けても閉じても、視界が同じだなんてこと起こりうるのか。
今考えれば、視界のはてまで外灯のひとつもなく、月も星も出てないような夜だったのは、野宿の旅の中でも比較的いろんな条件が重なっての、それなりに稀な夜ではあった。
団塊ジュニアでそこそこ都市機能の充実してきた地方都市で育ったわたしの、それまでの人生で一番のインパクトだ。
人生で、一番の思い出かあ。
母とはじめてデートしたときの話なんかも、聞けば面白いのかもしれないけども、それこそ絶対聞かないやつだよな。
本当は面白いんだけど、でもわざわざ聞かないことを、人はそれらを全部持って、いずれは二度と聞けないところまで行ってしまう。
本当は、面白いんだろうけどな。……初デートの話?いやいや……いらんいらん。
