ちょっと愚図愚図してたらあっという間に面白いものが渋滞する、でお馴染みのnetflixで1月から配信のはじまったドラマ『メシア』が面白すぎて驚愕しています。どうやって作るの、こんなドラマ。
2019年ISIL占領下の荒廃しきったシリアに、浮世離れした長髪男が突如現れて街頭に立って演説をはじめます。言っていることはつかみどころはないけど、この内戦下に自分を見捨てない人がいる、というので行く当てのない人たちが集まってくる。長髪の男はそのまま砂漠をずんずん歩いていって、ついてきた数千人をイスラエル国境まで連れてきてしまうではないですか。
おいおいそこはセンシティブな土地であって、そんな場所に居るだけでもめ事が起こるんだからやめてくれ、ということで国境警備が来る、イスラエル諜報部が来る、CIAが来る、世界の耳目が集まる。
各国諜報機関は本名もわからないこの男と接触を図って、目的を知ろうとしますが、謎の長髪男は凄腕エージェントたちの尋問をするりとかわし、鉄壁の守りを固めた熟練のプロの心をあっさりぼっきり折ってしまうため関われば関わるほどみんな大混乱。
どうなるのかさっぱり先が見えない第四話までが現在私が見ているところです。続きが気になりすぎる。
第四話で、CIAの凄腕エヴァが不法入国で拘束中の長髪男に接触してこんな話をします。
いわく、あなたは危険である、と。
信者がいるからどんどん全能感を持ち、なんでもできると思い込む。概念に夢中になりすぎ孤立して、後戻りできなくなって最後は崖から飛び降りるしかなくなる。実際あなたは入国できない国の国境まで人々連れていってそこに置き去りにしているではないか。私は崖から飛び降りる前にあなたを助けようとしているのだ、と。
それに対して長髪男が答えるのです。
その通り、誰にでも信仰はある。金、知力、権力、人はいろんなものに膝まづく。君は私的な問題を抱えているのに無理をしてここにきた。たくさんの犠牲をささげて仕事をしている。君はCIAの信者だ。概念に身をささげているし、その概念を追及するほど孤立する。夜になるとこれほどの犠牲を払う価値があるのだろうかと不安になる。崖から飛び降りる前に自分なら君を助けてあげられる、と。
ちょっと待って、その説教は一昨年の世界的ベストセラーで読んだ覚えがあるよ、と見ている私は思います。奇しくもイスラエル人の歴史学者が言っていたではないか。
虚構を共有できる力こそホモサピエンスを地上の覇者たらしめた能力であり、国家、法律、貨幣、宗教すべてひとしくフィクションであると。
読んだときは「うん、別にそれは普通に知っていた。そんなに目新しいこと言ってないのでは?」と思ったものです。
『メシア』第四話のエヴァと謎の長髪男対話シーンで、冷静なエヴァがつい気分が悪くなり途中で席を外すほどのショックを受けるのを見て、私も一緒にハタと気が付いた。
宗教も、自分が寄って立つ社会システムも同じフィクションだと、歴史学者に指摘されるまでもなく知っているつもりだったものの、そうは言っても、「よって立つリアリティラインは違うだろ」くらいのことは普通に思い込んでいる。無関心なものに比べて自分が頼ってるもののほうが「より根拠のある虚構」くらいの色眼鏡は平気で掛けているのです。根拠のある虚構って。
そうなってくると、たしかに図星でもあるだけにCIA捜査官エヴァと一緒にこっちまで腹が立ちます。
そりゃ理屈はそうかもしれないけど、実際あんたどうすんの、あの国境で衰弱していってる難民たち。何か見込みがあるならもうちょっと説明するとか、気に入らない相手でも理解と協力をとりつけるとか、なんかあるでしょうよ。たくさんの人を巻き込んでるくせに独善的に物事を進めようとするから色々おかしなことになってるんじゃないの。
というのは完全に、新約聖書を読んだときと同じモヤモヤ感。
これから先、どうなるんだろうこれ。
(メシアがプライベートジェットで不法入国っていうくだりは、時節柄、不用意に面白かった)