思い起こせばもう10年近くも前ですが、BBCでカンバーバッチがやっていたシャーロックが非常に好きでした。
「チャラッチャッチャッ、チャラチャッチャチャ、チャララッチャララッチャララッチャララッ、チャー」
と不穏なテーマ曲を口ずさめば、カンバーバッチが何を企んでいるのかわからない長い顔をしてロンドンの裏通りを走ってくる気さえする。
キャストもBGMも衣装も脚本も、どこを取っても引き込まれる作品でした。
それというのに、許しがたいことには私の鼻歌を聞いた最後にかならず
「上手に焼けました!」
という訳のわからない合いの手をかぶせてくる友人がいることです。
毎回のことなので、ここは私も意義を申し立てます。
なぜ人が気持ちよく始めた鼻歌を途中から奪って、妙な合いの手で私のベイカー街を台無しにするのか、と。
友人は大変に訝し気な顔をして答えるではないですか。
「だって、ニクヤキでしょう?」
「……?」
「もう一回歌ってごらん」
「チャラッチャッチャッ、チャラチャッチャチャ、チャララッチャララッチャララッチャララッ……」
「チャララララッ、上手に焼けました!……ほら」
ほら、じゃなくて。
何の話をしてるんだ、私がゲームをやらないことは知っておろう。
その肉屋さんはしまって、シャーロックのテーマを1分23秒から再生してみたまえ。
「チャラッチャッチャッ、チャラチャッチャチャ、チャララッチャララッチャララッチャララッ、チャー ほら」
「いやいや、ほら、じゃなくて。全然違うじゃん!」
この不毛な問答によって発見されたのが、意外な2つの楽曲の旋律の類似なのか、はたまた単なる私の音痴なのか、両人、それすらも区別がつかない程度の耳である。
しかし、私が折にふれて脳裏に呼び出していた都市生活が似合う偏屈高等遊民カンバーバッチは、野原で肉の塊を引けらかす野人カンバーバッジに歌の途中で変身してしまうようになり、あのダークでアーバンでニートな醍醐味は儚くも二度と帰ってこない。
音痴にとっての鼻歌の世界の壊れやすさをしみじみ思い知らされる一件であった(しかし妄想のカンバーバッジは肉も案外似合う)。
今週のお題「秋の歌」