道外にどれくらい広まっているものか定かではないが、北海道ではパークゴルフというスポーツが、主に高齢者に人気だ。
北海道特有の「冬は雪捨て場になる空き地」なんかに夏の間芝生をしいて整備しておくと、誰かの家に余っていたゴルフクラブなんかを持ち寄って時間のあるお年寄りたちがプレイしにくるのだ。
無料だったり、ちょっとの年会費程度で使えたりするから、競技人口は結構多いようだ。
というようことを、父が「パークやってる」と聞くまで全然知らなかったし、結構おどろいた。どちらかというと父は「年寄りばっかり集まってゆるい運動なんてカッコ悪い」などと言い出すタイプの人だと思っていたからだ。
もしかしたら、「年寄りなんてカッコ悪い」というタイプの人だったのが人生のどこかで少しずつ思い直していったのかもしれないし、最初から私の誤解だったかもしれない。正直言うと、たぶん前者のような気はしてる。
「パークゴルフをやるグループは2グループあって、片方は男ばっかり5人。もう片方は女ばっかり4人と男は俺ひとり。どっちも同級生」
「へー。どっちも同級生なのに一緒にやらないんだ」
「やらないな。男グループは俺が一番下手。女グループでは俺が一番上手いから、先生役」
「あー、なるほど。だから教えるのうまかったのか」
実は父と20年ぶりくらいに再会したばかりだった2021年頃、あまりにも話すことがなかったので、亡くなった母のクラブ(ほぼ未使用)を使って一度一緒にパークゴルフを体験してみたのだ。
久しぶりに自分の運動音痴を実感した瞬間だったが、見ている父はずいぶん気長に忍耐強かった。してみるとあれは、私よりよほど下手なメンツとプレイしなれていたせいだったのだ。
「男はしゃべることなくてみんな黙ってやるからどんどんうまくなる。終わったらすることないからぼそぼそ酒飲んでる。
女の方は喋るのが目的だからいつまでたっても誰もうまくならないけど、ゴルフ場が閉まってる冬の間も同じペースで集まってパン教室になる。」
あ、えー。なるほど!そうなの。すごい、なるほど。私はひどく感心する。実にありそうな話だ。
共同開催を誘っても男性グループのほうは「うるさいだろ」と言って参加したがらないそうだ。実際、女性グループはよく喋るので父は常に口を挟む間はなく、「このひとが話し終わったら自分も話そう」と待ってる間にいつも話題が次に移っているんだという。娘、大爆笑。
「でも月に一回くらいだからそういうのもいいだろ」
そう言って、なんとなく両方のグループに所属できる感性は実に立派なものである。
これ、と言って父が数枚程度のごく薄い冊子をみせてくれる。
「葉っぱ」というタイトルがあって厚めの紙でちゃんと表紙をつけてある。表紙には父も入ってる年配の女性たちのスナップ写真。おそらくワードで作って家庭用プリンタで印刷したものだ。
最初のページには、短歌とスナップ写真が配置されている。次のページには父の名をつけた短歌。その次のページからは、もうなんだかわからないLINEのスクショ画面だ。
「誰だかわからない人のLINEなんて読んでいいのか?」
とどきどきして私が戸惑っていると父は、これは一冊目の短歌集なのだと言う。
「作って送ってと言ったらわけのわからないものを送ってくるから仕方なくてそのまま載せた」
「え、これ全部短歌なの?」
言われてみると、そういうものを作ろうとしたのは薄々わかる。
ただし全然31文字じゃないから、どこからが普通のLINEの会話で、どこからが作品なのか、いくら読んでもわからない。
おまけにオリジナルの記号を降って「◯と◯はつなげて読んでください」などと書いてあり、自由すぎて読み方もわからない。
「すごい、これはすごい!」
と私は次第に興奮してくる。こんなに自由な詩集はじめてみた。
よく読めば、我が父の作品などは、切り取った瞬間も明確だし素直に書いてるから意図が伝わりやすくて作り慣れればどんどん面白くなっていきそうに見える。
しかし詩集の中でなぜか一句だけ俳句であることを気にしていないのはおもしろい。五七五で言いたいことを全部言えてしまったので、残りの七七を考えるのが面倒くさかったのか。
えー、これは素晴らしいねえ。私はためつすがめつしながら薄い冊子を何度もめくった。
「まだこれだけだから葉っぱな。そのうち増えていったら、万葉集にでもなるかもしれないだろ」
と、大喜びしている私に向かって父が説明した。
うまくなることを目的にしなくても集まってなにかできることの豊穣を、私は実にしみじみと見る。こういうものを作ろうと意図しては、こういうふうにはなかなかならない。
同世代の男子たちがどうやらあまり持ち得なかったらしい「ひとつの物差しの中で上位を競ってしまう行動原理」からの自由を、いつの間にどうやって父はのそっと成し遂げたのか。
「いやあ、すばらしいね。ほんとに続刊をぜひ」
なんとなく自分でもちょっと照れるくらい褒めちぎってしまう。