うちの猫は、猫としてはわりとよく喋る方である。
何が伝えたいことがあって話しかけてくるというよりは、放っておいて私が怠け者になることを危惧しているようで、やれ「窓を開けろ」「餌を入れろ」「膝を差し出せ」「こっちへついて来い」「枕をよこせ」と思いつく限りの用事を言いつけてくるためだ。
こちらとしても、無給で居ていただいているわけではあるし、できるだけ要求には答えるようにしてはいる。
「にゃーん」と声をかけられたタイミングで「はい、なんでしょう」とテンポよく下手に出ると、ヨロコビのあまりにあくびが出ることがしばしばある。
言葉で感情を現すことをしない猫は、喜んだり照れたりするときにあくびをすることが多い。
長めに「にゃーん」と言ってる途中で私が振り向いて話を聴こうとすると、後半戦がそのままヨロコビあくびと混じってしまい、最終的に変な声が出るのを目撃するのが、猫に仕える日々を送る私最大の萌ポイントなのだ。
可愛い声で「にゃーん」を言い終わった直後、小太りのおじさんみたいな声で「……うん」という声が出るときが、最高である。
猫を笑ってはいけないというのは猫と人との間の基本的なマナーであるが、「にゃーん……うん」に関しては不可抗力な面白さだ。
自分でも「今、やたらおもしろい声出たな」くらいのことは自覚しているのか、笑われてもあまり恥ずかしそうな様子はしないので、遠慮なく笑う。
先日、猫を部屋に留守番させたまま、飼い主はひとりでレイトショーの『ロッキーVSドラゴ:ROCKY IV 』を見に行った。
よく考えてみれば平日のレイトショーでロッキーを見るというのは、それなりにむくつけき客層にはなるわけで、「思ったより観客入ってるな」ということと同時に「おやおやちょっと場違いだったな」ということにも気づいた。
スクリーンのど真ん前に座ってもぞもぞしていると、なんとなく気まずい感じのくしゃみが出る。
一瞬のうちに、コロナのこととかマスクのこととか、女性客が他にいないっぽいこととか色々なことが頭をよぎり、押し殺す方向で慌てた結果なんだか踏み潰したみたいな音になる。
「まずい、変な声出た」
と思った瞬間にカモフラージュの空咳が混じって事態が複雑化、「謎のうるさい空気が喉から立て続けに出る迷惑な人」という最も不幸な地点に着地した。全観客の真ん前で。
観客のみなさんは私の背後で静かにロッキー4が始まるのを待っている。
「こういうときは普通に笑われた方がいいものかもしれないな」
と、私は劇場の暗闇で背中にプレッシャーを感じながらうちの黒猫の面影を思い浮かべている。