少し前に通り過ぎた台風のおかげで、自然公園の中は木の実が豊富に落ちており、ここのところカラスもリスも大わらわでどんぐりを拾い集めている。
動物たちに混じって、わたしも綺麗めのどんぐりを探しに行く。
近頃、色々あってレジンのスターターキットなんてものを手に入れてしまったので、
「そうとなればどんぐりを拾ってきて型とってレジンを流してピアスにしたら面白いんじゃないか」
という気に、なったのだ。
数えきれないほどぎっしり落ちているどんぐりも、じっくり見れば見るほど必ずどこか欠けている。
穴がある、帽子が取れている、バランスが良くない、大きすぎる、小さすぎる。
どんぐりの背比べ、などと言い出した人はどんぐりを拾ったことないのだろうと思うくらい、呆れるほど全部にちゃんと別々の個性、あるいは欠点、あるいは長所がある。
それはとてもおもしろいことだが、しかし今日探しにきたのはどんぐりのイデアである。
天上界にある、どんぐりの中のどんぐり。
完全無欠にして唯一無二のどんぐり。
「そうは言っても、天上界には探しにいけないんだからまあ96点くらいのどんぐりを……」
小一時間ほども歩いてそこそこ疲れてきたところで、それは突然見つかった。
自然に枝から離れて落ちた実ではなく、強風のせいで小枝ごと折れたまだ青い実が、色こそ未熟だが帽子のかぶり方と言い、上下左右のバランスといい、ほぼ完璧なのである。
どんぐりのイデアを握りしめて私は急ぎ帰宅した。
今こそ私がゼウスであり、このどんぐりのイデアを持って現実のどんぐりを無限に量産できる権力を手に入れたのだ。
そう思いつつ、粘土で作った型に色を染めたレジンを流す。
公園で一番綺麗な形をしていたどんぐりから型を取って作ったどんぐりは不思議なことに「これが公園に落ちていても拾ってこないな」という形に出来上がる。
具体的にどこかの工程でなにかの失敗をしたわけではないのだが、素晴らしいどんぐりを模倣して作ったどんぐりは、もう素晴らしいどんぐりではないのだ。
そうなると、私が一時間かけて見つけたイデアどんぐりは、つまるところ何だったんだ。
いや実は、高校の倫理の授業で初めてイデアのことを聴いたときからこんなことを予想していた。
プラトンの言ってることはどうもよくわからない。
絶対に手の届かないどこかに完璧が眠っていて、それはどうやっても追いつけないから一生腑に落ちない気持ちで生きていくんだぞという話だったのか。
両隣と互いを見比べあって全員で平均値を極めていくと、何もしないよりひどいことになるから気をつけろ、という話だったのか。
あの石像の賢人は、正直なところ何の話をしているのか。
人生の折々にもうちょっと真剣にプラトンを読み返したりしたら、きれいなどんぐりピアスの作り方もわかる大人になったのであろうか、などと思いながら今作ったピアスを見つめる。
ベレー帽を浅くかぶりすぎた面長の人みたいに見える。
ま、ちょっとかわいいかもしれない。