寒くて薄暗い事務室でお話をしてる合間にも、いろんな人がやってくる。
ご近所にお住まいという老婦人が、野原でつんだような実に慎ましい花束をおいていったのを、備前焼の花瓶に移しながら小柄な管理人さんが言った。
「大きなホテルなんかには必ず花が活けてあるでしょう。見てると気持ちがよくなる、花供養って。知ってる?」
わが家でも先代の猫のために毎日活けている花を思いうかべながら私は答える。
「へえ、花供養って言うんですか」
私も、今度自分で摘んだ花を供えようと思った。
風呂場の漏水についてしらばっくれたまま半年放置しつづけている管理会社をいかにおいつめようかと、管理人室にちょっと様子伺いをしたのが先日。
管理会社に状況確認の電話をしてくれたとのことだったので、改めて話をききに行ったのだ。
「たまに起こる事例ではあるけど、こんなに対応のひどいケースははじめてです」
と、一緒に怒ってくれた。
ありていにいうと怒ってくれただけで、どうやら管理人さんに状況を動かす権力は全然ないということが、話せば話すほど明らかになるのだが、それでも十分だった。
人が良くてお話の好きな彼女の言葉の端々に出てくる、入居者の立場では本来知り得ない、オーナー会社の担当者名やら、過去の近似の事例やら、近隣の賃貸事情やらを、なんでもなさそうなふりを聞いておき、今後管理会社との駆け引きの武器としてひそかに備えられたのは本当にありがたい。
だいたい要件を終えても管理人さんはまだ話が止まらず、自分の目、耳、歯、甲状腺の病気全部と、配偶者さんの心臓の病気と、家族構成まで話した。
そのあたりはさすがに管理会社との駆け引きには使えなさそうだったが、もちろん私は全部聞く。
世代のせいか、どうも母の姿を思い出すと感じていたが、横に立つと完全に頭一つ分の差になるほどの小柄な人で、たしかに母くらいの身長だった。
「こんなことを言って失礼でなければいいんですが、母に見えます」
と言ったら。
「いくつ?44?じゃあ、息子と一緒。母だ母だ」
と、ちょっと嬉しそうにしてくれた。
名残惜しそうなのはまだ話足りないのだろうか、と思っていたが、びっくりしたことに、ついには「送っていく」と言って私の家の前まで一緒に歩いてきたのは面白かった。
インターネットを駆使して調べたオーナー会社のウェブサイトの問い合わせフォームから「おたくの物件に住んでいるが管理会社が何もしてくれない」とメールを送ると効果てきめん。
あっという間に電話が来て手のひらを返したような条件を色々持ってくる。
「もう一回業者を呼んで本当に直せないかどうかもう一回調べてみるし、それで直らないようであれば、ちょっと部屋をグレードアップする内装工事をするから部屋替えを検討してほしい」などと言われる。
オーナーパワーすごい。
「じゃあとりあえず業者さん手配よろしく」
ということで電話を切り、やっと少し肩の荷がおりる。
「全部片付いたら、お礼行かないとなあ」
などと考えながら管理人室のレンゲとスミレを思い出して「花供養」を調べた。
……なんか全然違うよ、管理人さんっ!?